第1話 青年は瞳に淡い炎を

 あの日を忘れたことはない。

 一年前に復讐を誓ったことを家族の死体を見た時よりも鮮明に思い出す。

 高校を卒業後はお金のために大学に行くことをしなかった。かと言って就職をすると捜査の時間がなくなる。

 水野はバイトをしながら復讐相手を見つけることを決めた。

 自分の平和な日常よりも輝かしい未来よりも血に塗れることが約束されている復讐に身を置くことを決めたのだ。

 例えそれが世間から承認されず犯罪であるとしても関係なかった。


 あの男は必ずこの手で殺す。


 独りになった家で捜査資料をまとめる。

 四人が居た家が一人になり広々とした空間は音の反響がしやすくコップを机に置く音さえ響く。

 

「寂しいな・・・」


 呟いた言葉を掻き消すように大袈裟に椅子を引く。


「情報集めに行こう」


 コップを流しに置いて洗うことなく玄関に行く。靴を履き玄関に手を伸ばしたところで動きが止まる。


”いってきます”


 その言葉が出てこない。

 水野は唇を少し噛むと何も言わずに家を出ていった。



 一日中歩き回ったがいい収穫はなし。

 水野は焦りを感じていた。

 周りから地道に聞いていくだけでは駄目だ。人間の記憶は徐々に薄れていく。特に、自らの生活に関係のないことは早く忘れていくのだ。


「そろそろ別の手を打たなければ」


でも、どうやって?


「お困りかい?青年」


 頭上から女性の声がする。頭上?

 水野は上を向く。

 そこには換気扇の上に乗っている女性がいた。


「青年、君が今欲しい情報は一年前の”一家惨殺事件”だね」


 疑問符のないその言葉は確かな確信を持っている。


「何故それを・・」

「なぁに、高卒で就職も進学もせず近所の人にとある人物のことを聞いて回る変人がいるとなりゃ噂にもなる」


 確かに。


「それであなたは僕に情報をくれるのか?」

 女性を睨む。女性は微笑んで僕に言う。


「それは報酬次第だな」


 報酬。社会人として働いている訳ではない水野に払える額など決まっている。


「いくらだ?」


 女性はニヤッと口元に弧を描く。


「ゼロ円だ」

 水野は目を見開く。

「ただし、復讐を為し得たその時。君の命は私が貰い受ける」


 不思議な契約だった。女性が得をするような報酬ではないと思える。

 この報酬内容には何かがある。水野はそれがわかっていたが乗るしかなかった。

 これ以上自分だけでは大した情報は得られない。それは分かり切っている。それに今の日本の法律では仇討ちはただの犯罪。水野自身の価値なんて高が知れているのだ。警察に捕まろうが捕まらなかろうがどうでもいい。

 水野の意思は決まっていた。


「情報が欲しい。俺のことは煮るなり焼くなり好きにしろ」


 女性はふわりと換気扇の上から降りる。


「私の名はヒロ。情報屋だ」


「俺は水野沙月みずのさつき


「では、水野くん。君の欲しい情報をあげよう」

 情報屋は楽しそうに笑う。まるで明日の修学旅行が楽しみで寝れない子どものように。


「一家惨殺事件の犯人の名前は水野勝義みずのかつよし

「君の叔父だよ」


「俺の叔父?」

 水野は固まる。水野に叔父なんていなかったはずだ。母方の方に叔母が一人いるが結婚はしていないし、父方は父さんだけだ。


「俺に叔父はいないはずだ。見たことも聞いたこともない」


「そりゃそうさ、君の叔父は君の父親が結婚する前にお家から勘当されたからね」ヒロは続ける。

「君の母親も会っていないから父親が話さなければ漏れることのない話だよ」


 その通りだ。父方の祖父母はもういない。父さんが話さなければ誰もその存在を知ることがない。


「何故、叔父はみんなを」水野の声は震えていた。


「さぁね、そんなものは本人に聞けばわかることさ」


 嗚呼その通りだ。本人に聞けば全てわかる。

 全て吐かせてやる。


「ヒロさんアイツの居場所は」


「いい目だ復讐の炎は消えてないようだね。彼の居場所は」




ー大阪府・西成あいりん地区ー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る