3話「勉強と片付けと」

 いつもの静寂と違って、聞き慣れない物音が聞こえることが、より勉強へ集中させる。

 ASMRってわけではないけど、静寂の中やるよりは格段に勉強がしやすい。

 でも、教科書に書いていることにはうんざりしかしない。

 前期も10日ほど前で、これくらいのクオリティの勉強しか出来てなくて、単位取れるのかなぁと不安になりながらやって何とかなった。

 しかし、今回はヤバそう。

 とは言っても、周りのやつが追試になってないのに、自分が数少ない追試対象者とか絶対になりたくないので、頑張るしかないが。

 ……一年の前期試験レベルでバタバタして、テスト期間中はまともな飯を食うことも無かった。

 大学で試験を受けて、その足で売店でおにぎり2個とジュースを買ってそれを適当なタイミングで食べてそれで終わり。

 追い詰められるストレスが強すぎて、胃酸が過剰分泌されるのか、一切空腹感や食欲を感じない。

 そしてテストを受けるときは、問題をざっと軽く読んだだけでは、意味の分からない問題が出てきて、焦って喉にヒステリー球が出現する。

 あの体に悪すぎる過剰なストレスが襲いかかるあの時が、またやってくる。

 それが単純計算でも、6年間で10回以上は経験することになる。

 体が耐えきってくれるか、今から不安でしかない。


「死んだ顔して勉強してんねぇ!」

「お前がぐえーとか言ってたように、俺からしても苦悶でしかないんだよ」

「ふふ、私と一緒にいた頃はそこまで苦しんでなかったから、見てて新鮮かも」

「変わってないようで、俺も変わってるだろ?」

「確かに。でも、マイナスな表情とか感情が追加されすぎて、顔が更に歪んどるでー」

「もともと顔面偏差値低いから、大して変わんねぇよ」


 芽衣の煽るような一言だが、先程の自分で嫌な過去をプレイバックして、勝手に一人でテンションを下げることを回避できた。

 いつも一人なら、更に気持ちが落ち込んで、部屋の静けさにも苛立ってペンを投げたりすることになる。

 人に声をかけてもらえる効果というやつは、どうも大きいらしい。


「洗面台に色々と物置かせてもらったけど、意外とドライヤーとか、ちゃんと揃えてるもんなんだね」

「俺を何だと思ってるんだ……」

「いやぁ何か一人だし、寝癖直すの適当にやるか、へたしたら直さずに生活してるのかと思ってたから」

「失礼なやつすぎる」


 寝癖や髭ぐらいは、ちゃんと毎日管理してから大学には行っている。


「だって、高校の時はたまに寝癖つけてたし」

「普通に登校時、風が強くてボサボサになっただけだわ」


 なぜか分からないが、俺の髪は風に靡きやすくて、そのままボサボサになる。

 寝癖を直しても、こんなふうに誤解されることも珍しくはない。悲しいことだ。


「片付け終わったー」

「あい。後はもう自由に過ごしてもらっていいぞ」

「うん」


 俺がそう言うと、芽衣はベットに転がってスマホをいじり始めた。

 この辺りは俺と変わらない感じなのだな、と思いつつ、再び勉強する手を進めた。

 今日やる予定としている範囲を何とか達成するべく、必死にノートに書き込む手を止めない。

 大体、予定では理想的な勉強計画を立てて、確実に順調に進められる気持ちでいるのに、基本的に立てた計画の6割か7割くらいしか出来ない。

 調子の良いときか、追い込まれていないと計画予定の10割完全達成を成し遂げることは出来ない。

 出来なかった分は、どんどん後ろに積み重なって出来なくなって、試験に影響が出る。


(今日の予定は、さすがに達成しないと……)


 芽衣と話したことあって、それなりにいつもの落ち込む気持ちも軽減されているので、この機を逃さないようにしなければならない。

 しばらく静かに勉強を続けて、気が付けば一時間半程が経った。


「喉乾いたな……」


 モーニングの付け沿いにあったサラダのドレッシング、あるいはホットサンドの味が濃かったせいか、喉の乾きを感じた。

 久々にそこそこな時間、がっつり集中して勉強できた事に達成感を感じながら、冷蔵庫にあるお茶をコップに注いで飲んだ。


「芽衣。お前は喉乾いてないのか……?」


 同じものを食べた芽衣も、きっとそうなのではと思いながら、彼女の方向を見て言葉を掛けた。

 しかし、彼女からは返事が返ってこない。


「すぅすぅ……」


 いつの間にかスマホを握ったまま、芽衣は眠っていた。

 どうやら、スマホを触りながらウトウトと眠ってしまったらしい。


「朝飯しっかり食って、午前中から寝るとか、体に余分な肉が付くぞ」


 と、言いながらも、俺はそっと掛け布団を芽衣の上にかけた。

 この様子を見れば、ホテルでは満足に休めずに、疲れが溜まっているのだろうと思った。

 ちょっとぐらいは、彼氏以外の男の家に来ていることに対する意識があってくれても良いような気がするが、こうしてすぐ寝る辺り、良い意味で信頼されているということにしておきたい。

 改めて芽衣の顔を近くで見ると、あの頃と違って化粧で更に綺麗に整えられていることが分かる。

 先程までは、そんな様子だけ見ると、少し離れた存在の様に見えていた。 

 でも、こうして寝顔を見ると、高校生までの頃を思い出させる。


「……さて、もう少し勉強しよう。昼飯までに今日やる予定の8割位は到達したいところだ」


 こんだけ爆睡しているし、朝ご飯もあれだけ食べているので、大してお腹も空かないだろう。

 昼は少し遅めにして、何かを二人で軽く食べられる物を作ればいい。

 それまでは、もう少し勉強を頑張ろうと心に決めた。

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