第6話 近衛騎士

 その晩は伯爵邸でパジャマパーティをしたりして英気を養ったあと、翌日には帝都に戻り、執務を行う。


「……ところで、私の戴冠式はどうしましょうか?」

「そうですな、政治的空白を少しでも減らすためにはできる限り早い方が良いかと。」


 やっぱそうなるか。となると……。


「帝冠はやはり土砂の下ですか。」

「そうなります。」

「では、新しい冠が完成し次第、戴冠式をしましょう。」

「は、仰せのままに。」


 そう言い、侍従長は書類を書き留めていった。


「陞爵と降爵も同時に行いましょう。」

「そうですな。では、戴冠式にはリリーシャ嬢も出席してもらわないといけませんな。」

「あと、侍従も増やさないと。」

「陛下は女性ですから侍従も近衛も女性を入れないといけませんね。」


 あ、確かに、男性だと困る場合が多々あるわね。お風呂とかトイレとか。


「早急に準備しましょう。侍従は侍女の中から侍従に向いている娘を移しましょう。近衛は……騎士団に女性は?」

「おりません。」

「あー、じゃあ一から探さなきゃならないんだ。…………あ、そういえば、この前の剣術大会の結果は使えない?あれ、参加するのは女性でもできたはず。」

「そういえば確かに。では記録を探してきます。」


 そう言って、資料を探しに執務室を出ていった。



 しばらくして戻ってきた侍従長の手に、書類が握られていた。


「こちらが、前回の剣術大会の資料です。」

「ありがとう。」


 さっそく資料を見る。資料は大会参加者の名前、年齢、成績等が書かれている。


「えっ、これは……。」


 それは資料の一番最初のページ、決勝トーナメント進出者――すなわちベスト32が書かれている。そこに書かれている名前が目を引いた。女性ながら準優勝を勝ち取った若き逸材、セシリア・エリル・ベルマスターの名を。


「すごい逸材がいるじゃない。14歳で剣術大会の準優勝なんて、なんで騎士団がスカウトしなかったのよ。」

「確かにそうですな。何か事情があるのでしょうか?」


 侍従長も首をかしげる。


「素行が悪いとか、それとも……。」

「まあ、会ってみましょう。多少の素行の悪さなら人手不足だし大目に見ましょう。」


 そう言って私はセシリアを呼び出すことにした。




 翌日、昼過ぎにセシリア嬢が来たので、応接室に通した。


「ごめんなさい、少し政務がたて「ごめんなさいごめんなさい私なんかが皇帝陛下の御前に来てしまってごめんなさい皇帝陛下の手を煩わせてしまってごめんなさい皇帝陛下に呼びつけられるなんて私何かしでかしたのですよねごめんなさいぃぃぃぃぃっ。」


 応接室に入ったら、ものすごい勢いで謝りながらべっこんべっこん頭を下げる緑の長髪の令嬢と、同じ髪の色をした中年の男性――たぶん付き添いで来たセシリア嬢の父上が苦笑しながら頭を下げていた。


「まあとりあえず座って。」

「すみませんすみません。」


 私が座って、着席を促しても、謝りながら座るセシリア嬢…………セシリア嬢だよね?剣術大会準優勝者というイメージとは全く違うんだけど!!


「(こそっと)侍従長、ほんとに彼女がセシリア嬢?」

「(こそっと)陛下、その通りのはずですが……。」


 うーむ、仕方ない。直接聞くか。


「ええと、あなたが前回の剣術大会で準優勝したセシリア嬢です「ごめんなさいごめんなさい剣術大会に出てごめんなさい準優勝なんかしてしまってごめんなさい。」


 うん、本人?


「申し訳ない陛下、この娘が準優勝したセシリアで間違いありません。あ、すみません。私はセシリアの父でベルマスター子爵家当主のラインハルトと申します。」


 あ、やっぱり父親か。ちょっと手招きして小声で聞いてみることにしよう。


「ラインハルト殿、セシリア嬢のこの様子は……。」

「はあ、実はセシリアには婚約者がおりまして、その婚約者が女であるセシリアが自分より能力が上だというのを許せないらしく、会う度にセシリアに辛く当たっているようで……。」


 なにそれ、そんな男の婚約者にさせられてるの!


「なぜ、そんな男の婚約者になっているのかしら?」

「ええ、実はその男が我がベルマスター家の寄親の時期当主でして……。」


 なるほど、それは仕方ないわね。


「実は、剣術大会準優勝の腕を買って、近衛騎士になってもらおうと思ったんだけど……。」

「……婚約者殿が反発しますな。」


 だよね~。とりあえず、セシリア嬢の意思確認をしてみようか。


「セシリア嬢。」

「はいすみません。」

「あなた、近衛騎士になる気はない?」

「え?」

「実は、先日の災害で皇家が私を除いて全滅したでしょ。」

「は、はぁ。」

「あの時、一緒についていっていた近衛騎士の大半が一緒に殉職しちゃって近衛騎士が足りないのよ。それに、近衛騎士をはじめとした私のそばにいるものの大半が男性だから、警護にどうしても隙ができちゃうわけ。だからその若さで剣術大会準優勝した腕を見込んで、私の近衛をしてもらいたいのよ。」

「え?えっと……。」

「あなたの父上から婚約者がいると聞いたわ。そして女だからと言って虐げられていることも聞いた。そんなところに嫁ぐ前にあなたの力を存分に発揮して私を護ってくれないかしら。お願い。」


 私がセシリア嬢をあの手この手で説得する。最初はどんよりとした目をしていたが、だんだん目に力が戻ってきていた。


「どうかな?」

「陛下、私なんかでいいんですか?」


 そう聞くセシリア嬢に対し。


「あなたいいのよ。」


 と返した。


「わかりました。私がどこまでできるかわかりませんが、出来る限り協力します。」


 すでに、その目にはちゃんとした意思の力を感じれるようになっていた。


「ありがとう。セシリア・エリル・ベルマスター、あなたを余の近衛騎士に命ずる。」

「は、謹んでお受けいたします。我が剣は皇帝のために。」




「じゃあ、セシリアの婚約者に対してだけど、その後のことを考えて、とりあえず、彼女には『新しく皇帝になった私が10歳の女性なので、安心してもらえる環境を作るため、歳の近いセシリア嬢を行儀見習いを兼ねて登城させている』という体でお城に逗留している事にして、実態は近衛騎士としていてもらうのはどう?一応、皇帝の意思に背いた反逆罪も可能だけど……。」


 皇帝だからできる強権発動である。


「一応ねちねち言われてるけど、実害はないから難しいでしょう。」


 お、復活したらはきはき喋るようになって、人格が変わったみたい。


「まあ、今はとりあえず嫁入り修行扱いにしていいかな。後のことはあとで考えよう。」


 こうして、皇帝直属の近衛騎士を用意することができた。

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