第45話

 次に訪れたのは水族館。ここら辺の地域ではかなり有名な所らしい。僕もいつか、SNSでここで行われるペンギンショーの動画を見たことがある。

 少し坂を登って建物を見上げると、隣の詩音くんがいたずらに声を上げた。


「デートで水族館行ったら別れるらしいよ」

「ほぉん、なして?」


 僕が詩音くんの顔を覗き込むと、彼は「知らない」と楽しそうに笑った。


 デリカシーのないやつだ、と思う。ただでさえレスが続く中、更にはゲームばかりして散々不安にさせた後に、こんなことを言うなんて。


「なら明日からはもう友達やね」

「え、絶対いや」


 そのくせ、彼はそう言って僕の手を握る力を強めて拗ねたように僕と目を合わせることもなく水族館へと手を引くのだった。

 変なやつだ、と思う。自分から言いだしたのに。それに。


「付き合ってても別れても、関係なんて変わらんやん」


 彼に届かないようにポツリと小さく呟いた言葉は、すぐに周りの雑音にかき消された。






 少し並んだ後に詩音くんからイルカの写真が印刷されたチケットを受け取り、お土産屋さんの横を通って遂に水槽とご対面を果たす。彼は、魚を見るとさっきの不機嫌はどこへやら。嬉しそうに覗き込んではしゃいだ。


「あの魚の模様、ハートみたい!」

「そー、かなぁ……」


「あっちは目がおっきくてひなたみたい……って思ったけど。言ったら楓妬きそうだね。やめた」

「言ってるやん」


「あ、あれはちょっと目付き悪くて一茶って感じ」

「あー、それはわかる」


 目に入った魚の名前すら確認することなく豊かな発想力で声を上げる詩音くん。

 魚にも目もくれずに体を寄せ合い薄暗い館内を闊歩する男女とは違いあまりに友達色の強いデートだと思う。でも。僕にとってはこの方が心地よかった。まるで、僕が片想いしていた頃。何もかも平和で、純粋な愛を抱いていた頃を彷彿とさせるから。


「詩音くん凄いな。なんでそんな楽しそうなん、今まで女の子と何回も水族館なんて行ってるやろ」

「女の子と行ってもつまらないよ。みんな俺のことクールキャラだと思ってるから、こんなに騒いでるとこ見せたら引かれるもん」


 女の子と何度も行っている、という事実を彼は否定しない。でもそう、まるで僕が1番みたいなことを言って笑うのだった。


「はぁ、モテてはるんですねぇ」

「顔だけだよ」


 僕の嫌味に、詩音くんは無邪気な笑顔で返す。


「は。顔だけでもええやろ。何人か紹介しろや」


 しかし、今度は不機嫌そうに口をとがらせてジトリと僕を睨みつけた。 


「ほんっと、楓ってデリカシーない。自分の彼氏に女紹介させるやつがいるかよ」


 デリカシーがない、なんて。詩音くんには言われたくない。そう思ったけれど、適当にハハと笑って誤魔化すと彼はため息をついてまた強く僕の手を握るのだった。





 そうは言っても詩音くんの機嫌なんて目の前の魚を見ればすぐに直って、相変わらず楽しそうに僕の手を引いて館内を歩く。そして、一通り回り終わった頃。彼は外に繋がった扉を潜り、僕の方へ振り向いた。


「イルカショー、こっちでやるんだって」


 イルカショーか。と、考えながら肩を竦めて空いた手へはーっと息をかける。


「久しぶりやなあ」


 つい、声が漏れた。詩音くんは、すぐに振り向いてじっと僕の瞳を見つめた。


「元カノ?」


 そんなの、いるわけない。そもそも僕は、女の子を好きになったことはないのに。


「さあね」


 僕が笑うと、詩音くんは僕の手を痛いくらい握って強すぎるくらいに引いた。


「二度と俺以外の人と行かせない」

「ひなたも?」


 と、僕が笑う。


「ひなたが1番だめ」


 しかし、詩音くんはそう大真面目な顔で呟くのだった。

 


 イルカショーの会場は思ったよりも人が居なく、簡単に最前席が取れてしまう様子。いくら北海道民とはいえ、この寒さの中でイルカを見るほど慣れたものでもないのだろう。

 詩音くんは、そんな会場のど真ん中、そして最前列へ腰を下ろして目を細めた。


「楓、見やすいよ」

「せやね」


 まるで子供のようにはしゃぐ詩音くんが可愛いくて、つい口角が上がる。しかし、そう微笑んでいられたのも始まるまでの間だけであった。


「わあ! 詩音くんすごないっ!?」


 目の前で飛び上がるイルカと、少しばかりの水飛沫に思わず興奮が高まる。

 一方で、彼はすぐさまカメラを向けて押し黙った。


「綺麗やね」


 そして、彼はカメラを僕へ向けてそう笑うのだった。

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