第13話

「楓、楓。起きて。デート行こうよ、楓」


 体が左右に強く揺すられ、目を覚ます。うっすらと目を開けると目の前には何故か詩音くんがいて、背後では消し忘れていた電灯が光り輝いている。ハッとして気が付くものの辺りは大惨事。視界に入るだけでもお菓子のゴミやらいつのまにか持ってきたであろうお酒やら。慌てて体を起こすと、僕を枕にしていたであろうひなたの頭が床にぶつかりゴチンと鈍い音を立てた。


「いたぁ……」とひなたが頭を摩りながら体を起こす。

「痛いの痛いの飛んでいけする?」と詩音くんが言うと

「そんなんで治ったら医者はいらないよ」とひなたはボソッと呟いた。


 詩音くんはそんな痛い正論をぶつけられても相も変わらず上機嫌そうに立ち上がりにんまりと僕を見る。僕は首を傾げるが、彼はやっぱり嬉しそうにふふっと笑って部屋の扉へ手をかけた。しかし、その扉は詩音くんの手を離れて勢いよく開かれる。


「ひなた、楓! 菓子と酒なくなってんだけど!?」


 朝から強烈な声量に、思わず耳を塞ぐ。しかし、そんな衝撃的な登場をしておきながらも、一番に目を丸めたのは彼自身だった。一茶は詩音くんを押しのけて部屋へ入る。そして、おもむろにひなたの元へ向かうと片手で彼の両頬を摘まみ上げた。


「お前、またこんな散らかしたの!? 電気もつけっぱだし……もー……」


 痛いとじたばたするひなたを一茶はすぐに離すと、今度はずかずかと窓まで向かい今度は部屋のカーテンを勢いよく開ける。全員が各々太陽光を腕や落ちてたぬいぐるみなんかで遮る中、彼は部屋の電灯を消しながら時計を確認するべく壁へ視線を向ける。そして、再び部屋へ視線を向けてため息をついた。


「あと三十分くらいで朝飯出来るから、それまでに片づけておくこと。わかった?」


 一茶の鋭い視線が僕とひなたに順に刺さる。僕とひなたが慌てて頷くと、彼は嵐が過ぎ去るように部屋を出ようと扉へ向かう。そんな彼の肩へ、詩音くんが控えめに手を置いた。


「あ、俺らデート行くからご飯いらない、かも……」


 目を泳がせて曖昧に言葉を濁す詩音くん。一茶もあれだけ喧嘩をした後で話しかけられるとは思わなかったのだろう。驚いたように目を丸めてから、気まずそうに目を逸らして自分の顎へ軽く触れた。


「そ、っか……もう作っちゃった……」

「まじ?じゃあいる」


 少し寂しそうに返す一茶とは裏腹に、詩音くんは一茶の返答を聞くとなんだか嬉しそうにぱぁと表情を明るくする。そして、少し普段より高い声で言葉を返すと彼は上機嫌に肩へ置いた手をドアノブへ運んだ。しかし、今度は一茶が詩音くんの肩を掴んで引き留めた。


「え……なにしてんの。片づけてって言ってるじゃん」と一茶が混乱した様に眉を下げる。

「え……俺もぉ!?」と詩音くんが自らを指さし声を上げた。

「当たり前じゃん。お前の好きな奴と、お前の彼女がやらかしたんだから」

「えぇ~、そうかなぁ」


 彼はふふと笑い、ポリポリと頭を掻いた。彼女、という言い方が正しいのかどうかはわからないけれど、少なくとも彼の恋人であることを彼は否定しないでくれた。だからつい、僕もふっと息を漏らす。しかし、そんな声を聞いて「楓」と一茶が低い声で僕を呼んだ。悪いことをした覚えもないがついヒュンと心臓が縮みあがる。


「なんでしょう……」

「お前酒禁止な、マジで」


 彼はそう言い残して、言葉を返す間もなく部屋を去っていった。

 もちろんこの三人では片づけ作業が上手くいくはずもなく、叱る人がいなくなってのびのびとさぼる詩音くんとひなた。そんな彼らを尻目に、早くお酒を解禁してもらいたい僕は黙々と全てを一人で片づけるのだった。






 そうしてやっと片付けも終わった頃。一足先にリビングへ来た僕は、一茶の作ってくれた料理や箸、飲み物を並べていた。早朝だというのに相変わらずの品数の多さはさすがと言わざるを得ない。お皿を並べ終えると、僕が呼ぶよりも先に匂いにつられたひなたと詩音くんが顔を出した。


「うまそ」

「ね~」


 なんて話しながら彼らは仲睦まじげに席へ着く。しかし、それは意外にも昨日から変わってしまった後の席で、詩音くんも無理にひなたの隣をとろうとはしなかった。妙に思い彼らを見ていると詩音くんと目が合ってしまう。慌てて目を逸らすのも変かと戸惑ったが、彼は変な顔をすることもなく隣の席をぽんぽんとして彼が僕を呼んだ。まるで犬でも呼ぶみたいだ、と思いながらも僕は彼の隣の席に腰を降ろす。彼はそんな僕を見てやっぱり上機嫌にふふと笑った。


「楓、デート先どこにする?」


 そう問う彼は、さも当たり前の顔をした。


「え、っと……」


 デートの約束なんてした覚えはない僕は口ごもる。

 大体、ただのひなたの代わりの僕と行っても楽しいのだろうか。家にいてのんびりひなたとお話でもしている方が彼は楽しめるだろう。そんな考えが頭をよぎる。しかし、心配する気持ちが伝わったのか詩音くんがハッとして口を開く目を逸らし、目の前にあった箸を弄りながら言った。


「あ、えっと……ついでにゲーム屋さんも帰り際でいいから寄りたいんだけど……」


 「あぁ」と僕は納得を示した。そういえば今日は詩音くんの好きなゲームの続編が発売するとかなんとか、SNSでも話題になっていた気がする。彼はそれが欲しかったけれど、ひとりで行くのも寂しいから僕を呼んだ、ということだろう。

 しかし、と僕は思う。これは好都合だ。僕はどんな動機であれデートができて嬉しいし、デートをして仲良くしているところを見せれば一茶もひなたも、僕たちを認めてくれるかもしれない。

 だから、僕はにっこりと笑みを浮かべて彼の困った横顔を見つめる。


「早く行かんとなくなんで。先行こうや」


 僕の答えを聞くと、彼はわかりやすく目を輝かせてパシンと音を立てて弄っていた箸を机におき、何度もこくこくと大きく頷く。そして、すぐにその綺麗な黒髪をなびかせてぐるんと勢いよく同じくゲーム好きなひなたへ向き直った。


「ひなた、帰ったら一緒にやらない!?」

「ん~、ゾンビでしょ? 怖いから俺はいいや」


 ひなたは視線は料理に落としたままそう言ってから、一茶が来る前にひょいと箸で料理を摘まみ上げた。

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