コンタクトにしないのではない。眼鏡を必要としている。

私が眼鏡派なのは、なにか目をそらしたくなるような場面があったとき、眼鏡を外すだけで済むからだ。


ゲーム禁止の家庭だったので、中学生になって急に眼鏡が必要になった時は「お父さんたちは目が良いのに」と、よく不思議がられた。

暗いところで本を読むからだとか、姿勢がよくないからだとか。そんなつもりはなかったと思うけれど、悪いことをして責められているような気持ちだった。


これ以上悪くならないようにと心配する両親を尻目に、「視力が良くないこと」に憧れの気持ちを持っていた当時の私は、わくわくして眼鏡を手に取った。


が、そんな気持ちはすぐに消えた。

小雨でも眼鏡に当たると気になるし、運動するときは邪魔になる。


当時は洒落たデザインのものも少なかったので、眼鏡は途端に「黒板をよく見えるようにするための道具」になった。



「なんでコンタクトにしないの?」と聞かれることは多かったが、大学に入学する頃には眼鏡を「ファッション」としても楽しむようになっていたし、「眼鏡をかけている私」に慣れて、今更外すのが気恥ずかしい気持ちもあった。


あとは、単純に異物を目に入れる作業も苦手で毎朝できるとも思えなかったので、大人になっても眼鏡を常用して過ごしていたが、ある日、自分は「コンタクトにしないのではなく、眼鏡が必要なのだ」ということに気がついた。



赤提灯の下で、年甲斐もなく店員に絡む男を遠目に眺めながら、私はお猪口を片手に、自然と眼鏡を外していた。


その瞬間、自分の手元以外にはモヤがかかったような視界が広がり、不思議と音までもが遠のいた気持ちがした。


家の外には「見たくなくても目に入るもの」もあるし、雑音も多い。

半強制的に日常からログアウトできる手段を手に入れて、私は生きやすくなったような気がする。


鴨の羽

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