小生【しょうせい】

自分自身を表す代名詞は多い。

公的表現である「私」の他に、数ある私的表現の中でもよく耳にするのは、「僕」「俺」「自分」あたりだろうか。


子供の頃、自分のことを「うち」と表現していた時期もあった。

大阪に住んでいた頃なので、地域的なものだったかもしれない。


私が社会人になって数年たった頃、初めて「小生」を使う人に会った。

中途入社の彼は、何も考えず、当たり前にそう表現していたのだろうと思う。

ただ平均年齢が若い会社なので、その言葉に違和感を覚えたメンバーもいたのではと邪推していた。


そんなある日、会社の郵便受けを覗くと顧客からの手紙が届いていた。

宛名には「小生様」とあった。


すごく驚いた。もしも周りに同僚がいたら、すぐに見せに行っていたと思う。

恐らく顧客とのメールでも「小生」を使っていたのだろうし、彼は決して何も間違っていない。


それでも、ああ、この手紙を出した人は「小生という苗字の人」だと思っていたのだなと考えると、可笑しくて仕方がなかった。「小生」は「私」と同義なのだから、その人にとって、彼は「田中は〇〇だと思います」などと表現する人になっているはずだ。


ビジネスシーンには、独特の表現や言い回し、暗黙の了解が多く存在する。

最初からそれら全てをインプットしている人間はいないし、知らないことは、覚えればいい。


それでも手紙を出した誰かは、「小生」に違和感を覚えなかったのだろうかと不思議でならない。


彼はメールの署名に、いつもフルネームを記載しているのだから。



鴨の羽

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