他人の日記朗読バトル

真野てん

第1話

 割れんばかりの声援を背に受けて、ふたりの男が金網で覆われた八角形のリングに入場していった。向かい合う両者。それぞれの陣営には一脚ずつ作荷台が置かれ、机上には10冊ずつの日記帳が載せられている。


「さあ今年もここ代々木第一体育館は熱狂の渦に包まれております。『全日本他人の日記朗読選手権大会』の関東予選もあと一試合を残すばかり。本日最後の対戦カードも実力伯仲と言われております。実況は引き続き私、垣田と、解説は全日本他人の日記朗読会師範代、青山龍見先生でお送りいたします。先生よろしくお願いします」


「よろしくどうぞ」


「先生、対戦するふたりの選手。ともに朗読会の外部からの参加なんですね?」


「ええ。青コーナーの三谷くんは大学一年なんですが、先日のインカレでも優秀な成績を残しました。また赤コーナーの吉岡さんはオープン大会でも常連の強豪です。私の記憶が確かならば今年で50歳になられたはずです」


「は~。では親子ほどの年齢差があるということですね」


「どんなに年齢が離れていても戦える。それもまた他人の日記朗読の魅力のひとつですね」


「仰る通り。さて本大会は、去年一年間に書かれた日記を全国からご提供いただき、抽選で選ばれた100冊から、さらに事前に選手が10冊を無作為に選ぶという、いわゆるコールマン方式を採用しております。すでに30分間のリーディングタイムにより、両選手の読み込みは終わっております。先攻はコイントスの結果、赤コーナー吉岡選手。まもなく試合開始です!」



 ――先攻、吉岡選手。第一リード。


 埼玉県、10代女性、学生。

 2月13日

 明日はバレンタインデー。先輩に渡すための手作りチョコが失敗してばかり。ぴえん。

 こんなんじゃ朝になっちゃうよ。

 でも、先輩に絶対好きって言うんだ。がんばるっ。



「うおおおおお! 初手から中高生と思われる女子のバレンタインだあああ! それを50歳の吉岡選手が平然と読んでいるっ。これには会場も騒然としている!」


「さすがベテランですね。この辺のミスマッチをうまく利用しています。ポイント高いですよ」



 ――後攻、三谷選手。第一リード。


 埼玉県、10代男性、学生。

 2月14日

 今日、部活の後輩からチョコをもらった。

 まったく期待してなかったから、正直ビビった。

 どうしよう、そういう目で見てなかったから、明日からどう接したらいいのか……。



相乗効果シナジーだあああ! これはうまいぞ、三谷選手! 先生、これはかなりの高得点ですね?」


「ええ。この短時間によく反応しました。このふたりがまったくの他人だったとしても、このシナジーに気づいたのは大きいですね。逆に吉岡選手は、今後、この日記はシナジーで狙われますから、一冊殺されたようなものです」



 ――先攻、吉岡選手。第二リード。


 大阪、30代男性、とび職。

 7月15日

 お空に小鳥さんが飛んでいたよ。ちゅんちゅん、ちゅんちゅん。

 ぼくも一緒に飛びたいな。ちゅんちゅん、ちゅんちゅん。

 でも親方に怒られるから一緒に飛べないよ。ちゅんちゅん、ちゅんちゅん。

 またね小鳥さん。

 ぼくも飛べたらいいのにね。



「ポエム炸裂ぅぅぅ! 30代のとび職のポエムぅぅぅ。これは先生、予想外でした」


「しかも内容がちょっと不安になりますよね。これも高得点ですよ」



 ――後攻、三谷選手。第二リード。

 フォールドを選択。



「おおおっと? これは三谷選手、第二リードを棄権しました。先生これは?」


「相手の日記が強すぎるという判断ですね。30代とび職のポエムにぶつけるには、手持ちの日記がもったいなかったんでしょう。いい戦術です。若いのに冷静ですね」


「なるほど。さあしかしここで吉岡選手、第一リードのシナジーを巻き返したんではないでしょうか。気になる最終リードです」



 ――先攻、吉岡選手。最終リード。


 東京都、20代男性、会社員。

 12月10日

 買いたい物もないのに、またあのコンビニに行ってしまった。

 目当てはもちろん彼女だ。

 黒髪を後ろに結んだ、背の低い女性店員さん。

 いつも笑顔で、ハキハキと受け答えして。

 本当に素敵な女性だ。

 いつかぼくは、彼女に伝えることが出来るのだろうか。

 ぼくが――。

 ぼくたちが、生き別れの兄妹だってことを……。



「衝撃の事実きた――! 誰か早く教えてさしあげろおおお! かつてないどよめきが場内を襲っている! これは吉岡選手、決まったか?」


「いや、待ってください。三谷選手の動きが素早いですよ。吉岡選手の朗読の途中で、すでに自陣の日記を掴んでいました」


「逆転の秘策があるということでしょうか、先生?」


「分かりません。しかし彼の表情からは、諦めは感じられませんね」



 ――後攻、三谷選手。最終リード。


 東京都、20代女性、フリーター。

 12月10日

 また彼と目が合ってしまった。

 恥ずかしいからすぐにうつむいてしまうけど。

 こんなに胸がどきどきするのは、きっと運命なのかもしれない。

 ああ神さま、あなたは本当に意地悪だわ。

 私に彼とおしゃべりをする勇気をくださらないんですもの。

 でも、こうやって目と目が合うだけでも満足なんです。

 だって、私は彼のとりこなんですもの。

 だけど――。

 あのコンビニバイトのクソ女、また彼としゃべってやがったな。

 殺すか――。



「ま、まさかのシナジー、二連発! これはすごい! 逆転はまず間違いないでしょう!」


「しかも妹かと思ったら、彼のストーカーだったとは。これには私も驚かされましたね。早く警察に通報してあげたいものです」


「おっと? ここで吉岡選手からリクエストの要求です。審判団が審議に入りました。先生、これは三谷選手の側に不正があったということでしょうか?」


「シナジーがうまいこと重なりましたからね。吉岡選手としても、関東予選の最後の一枠ですから簡単には引き下がれないといったところでしょう」


「と、審判団がリングに戻ってまいりました。判定は……リクエスト失敗です! 三谷選手のシナジーに不正はありませんでした。この時点で試合は終了。全国大会決勝へのチケットは、若き朗読者、三谷選手が手にしました!」


「いい試合でした。対戦相手の吉岡選手も、彼を称えています」


「それでは代々木第一体育館からの中継もここまでです。実況は垣田と、解説の青山龍見先生、本日はありがとうございました」


「ありがとうございました」


「次回は全国大会決勝トーナメント、日本武道館でまたお会いしましょう」

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