第九話「卵が先か、鶏が先か」③


小さい時に読んだ絵本で、いつも不思議に思っていたことがあった。


お姫様が幸せになった後、本当にその幸せは続いていたのだろうか。続きと言うものは絵本の中にはなく、答えは誰も知らない。だって、それは作られた話だから。死んだ後も同じ。死んだことによって、全てが終わったと思っていた。だから、私は死ぬことを選んだ。あのクソみたいな人生からおさらば出来ると思っていたから。でも、実際に今も私の人生は続いている。いや、死んだから人生と言えるのだろうか。


「……ん……ごん……心艮!」


「……ん、火糸糸、ちゃん?」


「よ、良かったぁ……! 死んだかと思ったじゃん!」


「ふふふっ 私達はとっくに死んでいるから、二度も死なないわよ」


「だって分かんないじゃん!」


真っ白な壁を背景に私を覗き込んでいたのは火糸糸ちゃんと十五夜さん。彼女の言葉に思わず笑ってしまう。必死な顔をしていた彼女はプンプンと怒っているようだ。周りをよく見渡すと、壁じゃなくて天井じゃないか。既視感のあるベッドからゆっくりと体を起こすと、そこは以前私が使っていた医務室だった。相変わらず簡素な部屋で、これと言った医療品も置かれていない。死んでいるから当然か。


「何で、ここにいるの?」


「何でって、心艮が倒れたからじゃないの! あの後、左寺さんもあんたも倒れたから運んだの!」


「左寺さん……彼女は、どうなってるんですか?」


「彼女はあの後、閻魔大王様の所へ連れて行かれたわ。もう一度、審議するって」


「そう、ですか……」


今まで信頼されていた分、今度の判決は重くなるのだろうか。彼女の生い立ちも考えて判断してほしいと思う私はまだまだ甘いかもしれない。前に比べて静かな部屋は先程の出来事が夢のように感じさせる。


「あの、何で十五夜さんのことを許したのでしょうか」


「あー……それは、ね……」


「もう一度、一から出会いたかったんだってさ」


目を逸らしながら言葉を詰まらせていた十五夜さんの横で、さらっと答えた火糸糸ちゃん。「ちょ、ちょっと!」と焦る彼女を横に、ベッドに寄りかかっていた体を起こした。はぁ、とため息をつく十五夜さんは「あの子が言うにはね」と話を始める。


「私と、もう一度出会い直したかったんだって。どうせ世界が壊れるなら、出会う前の私達になって話したかったって。……本当、どこまでもお馬鹿なんだか」


「ほんとほんと、ちょーいい迷惑だよねぇー」


ペシっと叩かれた火糸糸ちゃんは、いつもと同じ調子で「いった!」と叫んで頭をさすっている。いつでもどこでもマイペースな所が彼女の良いところだけど、やっぱり少し妹っぽい。ふふっと笑っている私を見て、「わーらーうーなー!」と頬をつねられる。いつもの日常に戻って来たのか、と一瞬安心したのだが自分がしたことを思い出した。


「あの、私ってどうなるんですか?」


「んー……まだ分からないけど、あれだけの負の感情を吸ってしまったからね。もしかしたら、十年、いや二十年くらいかかるかも……」


「まぁ、そうですよね」


仕方ない、自分でそれを分かっていて行動したのだから。言い訳なんて全く無いし、むしろどんな結果になっても受け入れるつもりでいる。しかし、ツインテールの彼女はそうは思っていないようでさすっていた手をバンッと毛布の上に乗せた。軽く揺れるベッドと一緒に私も少し揺れる。


「でもでも! 心艮、世界を救ったんだよ? それくらい考慮してもいいじゃん!」


「もちろんよ。私も直接閻魔大王様に掛け合うつもり。だから、安心して」


「じゃ、私行くわね」と言って十五夜さんは手を振って出て行った。そうは言っても、火糸糸ちゃんは最後まで抗議するんだろうなぁ。あの凄まじい行動力を持って色々するのは目に見えている。シンとなった部屋で二人きりは少しだけ気まずい。あれだけ止められたのに勝手に動いたのだから、怒られても仕方ない気が……。


「ねぇ、心艮」


「な、なに?」


「もし、私が先に転生しても文句なしよ」


「……うん」


文句を言われるかもしれないと覚悟したが、やはりそこは彼女らしい。先に転生することを謝るのではなく、こうして面と向かって言ってくるのだから。こんな所も好きだから一緒にいて楽なのかもしれない。一緒に転生出来ないのは悲しいけれど、少し時間がずれたと思えば大丈夫。だって、今の私は独りぼっちでは無いから。そして、火糸糸ちゃんは続けて言葉を発する。


「でも、必ずあんたを探しに行くから」


「……私を?」


「どんな手を使ってでもあんたを探して、親友になるのよ。どれだけ年が離れていようが、性別が違おうが関係ないんだから!こんな形で出会うんじゃなくて、もっとドラマチックに出会ってやるんだからね!」


ギュッと私の手を握った彼女の手は少し震えていて。ポタポタと零している涙は手の上やら布団の上に落ちていた。いつも強気で、人に興味ないふりをしている私の、友達。いつも気にしている化粧はその涙でぐしゃぐしゃになり、目が腫れている。綺麗なネイルも所々禿げており、おしゃれ好きな彼女では考えられない程乱れていた。


「……うん、そうだね。待っているよ。ずっと、何年経っても待ってるからね」

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