第五話「がらんどうを恋い慕う」③

静まり返った裁きの間では、次の亡者への審判の準備をしていた。私と火糸糸ちゃんは最後まで口を開くことなく、ただその状況を見ているだけだった。まさに、依頼の通りに。


「……ありがとございます。これで、安心して天界で暮らせます」


少し離れた所で頭を下げる女性は安堵した表情だった。その微笑みも凍るような目もなく、ただ穏やかに微笑んでいるだけ。私達に言ったのか分からず黙っていると、「ほら、何か言いなさい」と閻魔大王様に言われた。とりあえず頭を下げると、「では、これで」と私達が入って来た扉へ向かう。


「あ、エレベーターまでご案内しますよ」


「いえ、大丈夫です。あのくらいなら、覚えていますから」


手を横に振り、ニコリと微笑む彼女はそのまま扉を開いて出て行った。ゆっくりと閉まる扉を見ながら彼女がどんな人なのか、やっと理解した。礼儀正しさは年の功、なんて思っていたがあれは彼女が習得した生き延びる術だったのだろう。藤原敦美さんはきっと……


「頭が良いんだろうね。しかも、かなり」


「え?」


私が考えていたことが漏れたのかと一瞬思った。隣から聞こえて来た声に振り向くと、真っ直ぐに彼女が去った方向を見ている。


「私達が来た道って、かなり複雑だったでしょう? 最近、私達もやっと慣れて来たのにそれを一度で覚えている。それに加えてあの冷静さ。天性のものなのか、それとも生き抜くために身につけたのか。どっちかなんて分からないけど、あれこそ『賢い女性』なんだろうね」


この巨大な建物の中は迷子になるくらいには広く、複雑に作られている。時間がかかったのもそのためであり、ほぼ毎日出入りしている私達でも時々迷うのだ。それを一度で記憶し、今までの経験で染み付いた怒鳴り声ですら動揺しなかった彼女。七十五年の月日は伊達ではないということだろう。


「さ、今回もどーせ報告書あるんだから、さっさと終わらせよー」


「うん。そうしようか」


どーせ、を強調して嫌味のように言う彼女は相変わらず。聞こえているであろう閻魔大王様も肩を一瞬ビクつかせたが、すぐに素知らぬふりをする。張り詰めていた空気は一瞬にして元に戻り、何事もなかったかのようにみんな動き始めた。


一々こんな所で考えていても時間の無駄。私達はただ天界の人の依頼をこなすだけ。それ以上でも、それ以下でもない。ただ、変わらぬ一途な愛か存在するのなら、変わらぬ歪んだ愛も現世に存在することを思い知らされた、そんな出来事だったと言うことだけだ。

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