アンドラーシ卿の日記

悠井すみれ

第1話

 イシュテン王国はファルカス王の時代に大きな転換点を迎えた。北方のミリアールト王国を併合したことによって極端に武を尊ぶ気風が和らぎ、文化が大いに洗練され、初めて文学や詩歌の流行が生まれたのである。単に娯楽面のことだけでなく、法的解決手段も剣や槍での決闘から法廷での論戦に代わっていったのは──当時のイシュテンの民、王や諸侯、周辺諸国および我々後世の研究者の──誰にとっても幸いだっただろう。

 という訳で、ファルカス王の治世の後半およびその次のミハーイ王の御代からの文献資料は比較的充実している。しかしそれは、裏を返せばそれ以前の資料はまったくお粗末なものであるということだ。中世イシュテンといえども記録を残すことの重要性はさすがに理解していたようだが、記録を残せるだけの知識を持った学者や聖職者は、決して政治の主役ではなかった。イシュテンの王侯貴族にとって、文字や書物への愛好は軽蔑すべきものと考えられていた節さえある。惰弱の謗りを何より恐れた彼らのこと、書面で武功を誇ることは矜持が許さなかったのかもしれない。ファルカス王以前のイシュテンの記録は、戦場を遠くから眺めた学者の手によるものか、あるていど──時には数年も──経ってから記憶を頼りに紡がれたものでしかない。


 そんな中で、王や王に近しい者が遺した日記や手紙の類は、当時の正確な事情や、正史からは見えない微妙な人間関係を窺うのに非常に貴重な資料になり得る。とりわけ最近発見され注目を集めているのが、アンドラーシ卿の日記である。

 アンドラーシ卿といえば、不遇だった王子時代から傍近く仕えていたファルカス王の側近中の側近だ。女性と見紛う美貌だったという評判から、主君の妻のクリャースタ妃や王自身とのでもお馴染みの読者も多いのではないのだろうか。だが、彼について優雅な貴公子を思い浮かべるとしたら大いなる間違いである。なぜなら、アンドラーシ卿は典型的なイシュテン貴族であり、ペンよりも剣を好み、狩猟や戦争を何よりの娯楽と考える、現代から見れば野蛮な中世人にほかならないのだから。


 何しろ、アンドラーシ卿の日記は、次の一文から始まっている。


 ──王命により日記をつけ始めることにする。まったくもって面倒なことだ。


 筆跡は、いかにもイシュテン貴族らしい悪筆である。彼らは──剣ではなく──ペンを持っているところを人に見られるのを恐れるのだ、という他国での諷刺が思い出される。なお、この日記の、少なくとも最初の部分には誤字脱字や文法上の誤りが非常に多い。日記という私的な体裁であることも理由なのだろうが、当時の平均的なイシュテン貴族の文章力を知ることができるという点でも興味深い。


 ちなみに、日記の二行目は、次の通り。


 ──バラージュ嬢の件に関連して。


 人に見せる文章ではないから仕方がないが、あまりにも事情を省いた片言である。恐らく、事情を書き連ねるのが──それこそ──面倒だったのだろう。

 日付と当時の情勢から想像・補足するに、日記をつけろ、というのはアンドラーシ卿とバラージュ伯爵令嬢エシュテルとの縁談に関連してのファルカス王から下命だった、ということだと思われる。由緒正しい家柄ながら、現王への支持を明らかにしたばかりのバラージュ家。いっぽう、王への忠誠は確かながら門地は低いアンドラーシ卿。両者の縁組は、王の派閥を強化するための政略的なものであり、ファルカス王としては何としても成功させたいものであったのだろう。側近に、名門の後ろ盾を与えたいという意図もあったはずだ。そこで、花婿が妻の一族から見下されることがないよう、家柄に相応しい教養を身につけろ、という趣旨だったのだろう。


 王の気遣いは、アンドラーシ卿にとってはありがた迷惑だったのかもしれない。日記の最初の数か月は、もっぱら食事や狩猟の成果のメモに費やされている。無論、これはこれで貴重な情報ではあるのだが、彼の行動や心情に関する記述が少ないのは、それらを文章に書き起こすのがやはり面倒だったのではないか、と思われる。それでも王命に従って記録自体は止めないところはさすがの忠誠心なのだろうし、簡単な記述でお茶を濁そうとするのは現代の子供の宿題にも通じるようで当時の人の心理がぐっと身近に感じられるのではないだろうか。


 研究者にとっては幸いなことに、アンドラーシ卿は着実に作文能力を上達させていった。書物を愛するクリャースタ妃の薫陶もあったのかもしれないし、上昇婚に伴って負わされた責任や、ファルカス王の信任に応えようという気概もあっただろう。政略結婚をした妻とも夫婦仲は良好だったから、当時のイシュテンにしては教養があったバラージュ嬢も、夫の教育に携わったはずだ。


 いくらか流暢になった筆致で、アンドラーシ卿はイシュテン王宮の最奥の事情を描いてくれている。重要な決断の際に、王や周辺の諸侯との間にどのようなやり取りがあったのか。王妃や夫人たちによる執り成しがあったと窺える箇所は、中世イシュテンの男尊女卑的なイメージに一石を投じるだろう。また、対抗勢力に対する遠慮のない罵倒表現は、当時のイシュテン語の口語研究に役に立つ。

 王の私的な生活にも深く関わっていたアンドラーシ卿は、なんと国王夫妻の夫婦喧嘩の理由や経緯まで記してくれているのである。クリャースタ妃の里帰りに際して、ファルカス王は妻がそのまま祖国に留まることを恐れるくだりなど、武勇に優れた王には相応しからぬエピソードで驚かされつつも微笑ましいものである。


 最後に、ファルカス王と美貌の臣下の関係に夢を見る読者のために、日記のかなり後のほうから興味深い箇所を抜粋してみよう。


 ──日記をつけていると申し上げたら、陛下は驚かれていたようだった。ご自身で命じたことをお忘れになるとはまったく酷い。私が陛下の命令を疎かにしたことなどなかったではないか?


 皮肉を含んだ物言い、恐らくこれこそが彼の日常の姿だったのではないだろうか。王との親しさと忠誠心を同時に窺わせるやり取りでもある。何年も前の命令を律儀に守る臣下に目を瞠る王と、得意げに胸を張る臣下と。傍で見ていたかもしれない王妃たちにも微笑ましい場面だっただろう。


 彼の悪筆を読み解くのに苦労した筆者にとっては、アンドラーシ卿が反語表現を使うまでに自在に文章を操ることができるようになったことは、誠に嬉しく感慨深く、我が子の成長を見守るような思いであった。

 

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