エロゲの世界に転生したいとは言ったけど、幼馴染みが寝取られるかもしれないハードモードなんて聞いてないんだが?

青野 瀬樹斗

本編


 夜も更けて静まりかえったとある宿屋の一室。

 芳醇な香りを放つアロマが焚かれた部屋のベッドに、一人の少女が毛布に包まっていた。

 微かに木霊する寝息は規則正しく繰り返され、周囲の静寂も相まって静謐な雰囲気を漂わせている。


 そんな最中、部屋の扉がゆっくりと開き出した。

 そろりそろりと忍び足で入って来た男は少女が眠るベッドへ近付いて行き、寝入っているのかをつぶさに確かめて……口端を歪ませる。


「くくく……良くお眠りのようで。まぁ眠り香を嗅げば一晩は何をしても起きないくらいぐっすりだから当然か」


 男は下卑た笑みを浮かべながら、穏やかな寝息を立てる少女へ劣情を含んだ眼差しを向けている。

 頭の中で何を企んでいるのかは言わずとも察せられるであろう。


 何故そんな男が少女の眠る部屋に入ってこれたのか……それは男が宿屋の店主だからである。

 この男、自身の宿屋に泊まりに来た女性にそういった行為を働く変態なのだ。

 特に……恋人がいる相手をターゲットにしている。


 例に漏れず、少女には彼氏がいることも店主は把握していた。

 故にこうして卑劣な行為に出たのだ。


「おじさん、お嬢ちゃんを一目見て気に入っちゃったんだ」


 店主は少女が恋人と共にやって来た時を思い返す。

 可愛らしく整った顔立ち、流麗かつ眩しい金髪、エメラルドのように煌びやかな瞳、ゆったりとしたローブの上からでも分かる豊かな肉付き、少女の持つ全てが男にとって魅力的で下劣な情欲を懐かせた。


 受付をした際の品行方正で、疑うことを知らなさそうな純真な振る舞いも気に入った。

 真っ白な彼女を自分の手で染め上げる瞬間を考えると、いきり立つ一物がイライラして止まない。

 部屋に入る前からズボンを突き破りそう程にギンギンだった。


「キミみたいな可愛い子を、あんな冴えないガキが独り占めするなんて間違ってるよねぇ? だからおじさんがお嬢ちゃんを食べちゃっても良いよね?」


 あまりに身勝手な言い訳を零しながら、店主はまた一歩ベッドへ近付く。


 少女と共に来た恋人であろう少年は、地味で冴えない印象だった。

 それなりの装備を身に付けていたことから、冒険者として確かな実力があるのは窺える。

 しかし店主からすれば少女とは不釣り合いにしか映らなかった。


 可哀想に彼女はまだこんなガキでしか男を知らないのかと、貼り付けた笑みの裏で嘆いたものである。

 ならば自分が本物の男というモノを教えてあげよう。


 そう思いながら毛布の下にある豊満な身体を曝そうと手を伸ばして……。








「──おい。その汚ぇ手を止めろ」

「──っっ!!?」


 冷淡な声が聞こえたのと同時に、店主の首元にが刃物が添えられていた。

 驚愕のあまり店主の全身が硬直する。 

 チラリと横目で声の主を見やると……制止したのはなんと少女の恋人である少年だった。


「いくらクレアを休ませるためとはいえ、こうなるから基本的には野宿がいいんだけどなぁ……っま、どっちでもやることは変わんないか」

「な、何故、だ……。お前は眠っているはず……」


 呆れた様子の少年に対し、店主は困惑を隠せなかった。

 満室を装って少年と少女を別々の部屋に案内したことは、店主である自分が一番よく知っている。

 少年に邪魔をされないよう彼の部屋にも同じお香を焚いたのだ。


 だというのに、少年は殺気を露わに起きているではないか。


「へぇ眠らせる方法があったんだ? でも残念。俺はお前みたいなのから彼女を守るために、睡眠耐性を無効レベルにまで上げているんだ」

「なっ!?」


 不良品を掴まされたのかと逡巡する店主に対し、少年はあっさりと種明かしをした。

 まるで大したことではないように言ってのけたが、状態異常耐性を無効レベルにまで成長させるというのは、耐性元の状態異常を数百回以上も受け続けたことを意味する。

 冒険者という魔物と命懸けで戦う職業において戦闘中に眠らされるなど、命が幾つあっても足りない狂人の所業だ。


 それが例え恋人を守るためであっても。


 宿屋を営むが故に様々な訃報を耳にしたことがある店主は、事此処に至ってようやく自分が虎の尾を踏んでしまったことに気付く。

 背中に流れる冷や汗が止まる気はせず、あんなに天を見つめていた一物が嘘のように萎びて地獄を見ている。 


「寝たい時に寝れなかったらどうしよって思ったけど、自発的に寝る分には無効化されなくて良かったわぁ。で、おっさんは俺の大事な彼女にナニをするつもりだったんだ?」

「や、やだなぁ巡視に決まってるじゃないですかぁ! お客さんが休めているのか確かめるのも、宿屋の店主として果たすべき務めなんですよぉ!」


 店主は藁にも縋る思いで弁明した。

 めちゃくちゃ疚しい気持ちしかなかったが、決して疚しいことは無かったのだと。


「ふぅ~ん、仕事熱心なんすね」

「そうでしょう!?」

「自分の宿屋に泊まりに来た女性を食べるの」

「ぁ……」


 詰んだ。

 独り言を聴かれていたと察するには、呆気無さ過ぎる程のチェックメイトだった。


 言い逃れが失敗した絶望に暮れる間もなく、店主の腹部に刺すような痛みが奔る。


「ぐぇっ!?」


 思わず膝を着いて腹を抱えて蹲る。

 刺されたであろう腹部を擦るが、それにしては出血量が少なかった。

 しかし痛みは確かに感じるせいで、何をされたのか疑問が膨らむばかりだ。


「安心しろ。殺しはしない」

「はぇ……?」


 素人でも分かるくらいに殺気立っておきながら何を言っているんだ、と店主が訝しむのも無理も無いだろう。

 それに殺さないというのなら、この腹の痛みと矛盾しているではないか。


 ある意味で当然の戸惑いを覚えている店主に、少年は告げる。


「今おっさんにはある毒を打った」

「ど、毒!?」

「毒は毒でも、死ぬことはないけど……」


 愕然とする店主を余所に少年が続けた。







「──おっさんのチ○コは一生立たなくなる。念には念を入れて解毒不可のサービス付きだ」

「──……ぇ」


 一瞬、店主は自分の耳を疑った。

 しかし、いくら思考を逸らしたところで否応なしに答えが突き付けられる。


 股間の感覚が無いのだ。

 そう気付いてからズボンの中に手を入れて、一物を立ち上がらせようと今まで貪った女性達の痴態を思い返すも一向に熱が灯らなかった。

 心は煮え滾っているのに、一物がウンともスンとも応える気配がない。


 これではこの先、これまでのように女を眠らせても触れることしか出来ないではないか。

 むしろ触れれば触れた分だけ、昂ぶった情欲を発散出来ずに発狂してしまいそうだ。


 まさに生き殺し。

 いっそのこと殺された方がマシだと思わずにいられなかった。


「じゃ、彼女の安眠妨害になるからさっさと出ようか」

「あ……ぁぁ……」


 男としてこれ以上無い制裁を与えた少年は、もう用は無いと言わんばかりに項垂れる店主を引き摺りながら部屋を出た。


 後日、店主は過去に襲った女性達を満足させられなくなったことで、宿屋を畳まざるを得なくなる状況に追い込まれるのだが自業自得でしかない。


 ==========


 ──諸君に単刀直入に訊こう、エロゲーは好きか?


 俺はもちろん好きだ。

 大好きと言っても良い。

 千差万別の美少女達とあんなことやそんなことが出来るんだぞ?

 嫌いにならない訳がない。


 一口にエロゲーと言ってもジャンルによって需要は全く異なる。

 恋人みたいに甘々なイチャラブを好む者がいれば、無慈悲なレ○プ系を好む者もいる。

 もっと言えばSかMの違いもあったり、あまりにも多岐に渡る幅広さはまさに性癖の密林地帯アマゾンと言っても過言ではない。

 

 ん?

 前置きは良いからさっさと本題を語れ?

 これは失礼。

 では改めて本題に入ろう。


 Q.エロゲーが舞台の異世界に行けるとしたらどうする?

 A.行く一択だろうが!!!!!!!!!!


 はい。そういう訳でなんと俺、異世界転生しちゃいました。

 ヒュ~ドンドンパフパフ~♪

 

 嘘だと思うだろうがマジもマジよ。

 本気と書いてマジさ。

 前世の俺が死んだのは年齢=彼女居ない歴の非モテ人生を歩んで、もうすぐでウィザードの資格を得ちまうなって時にだった。

 突如ひったくり遭って抵抗したら突き飛ばされた挙げ句、頭の打ち所が悪くてポックリポンよ。

 人ってあんな簡単に死んじゃうのね。

 

 死ぬ時までつまんない人生だったなんて悲観に暮れていたら、なんか神様的なお爺様が『お主の望む世界に転生させよう。ふぉーふぉっふぉっふぉっふぉっ!』って陽気に送り出してくれたのだ。

 ちなみを理由を尋ねたところ、あまりにもあっさり死んだことを気の毒に思ったらしい。

神様にすら憐れまれるとかどんだけ虚しい死に様なんだよ。

 自分でもどうかと思ってたから余計に心に来たわ。


 ともあれ、来世でこそ脱Dのためにエロゲーが舞台の異世界を希望した。

 可愛い幼馴染みがいて、ついでにチート付きで。

 ぶっちゃけ都合良すぎかなぁとも考えたが、神様ったらなんと二つ返事でオーケー。

 実に軽い調子で転生が行われたのだ。


 あとから思えば、そんな呑気なことを考えていた当時の自分をぶん殴りたい。

 しこたま殴ってから盛大に真実をぶちまけたい……。


 お前が転生した異世界、確かにエロゲーが元になってるんだけど……、




 ──ジャンルはNTRネトラレだぞ、って……。


 ========


『穢れを知らない幼馴染みの聖女様が巡礼の旅を終えた頃には……』


 通称『けがたび』は俺が転生した世界の元となったRPG系のエロゲであり、NTRというジャンルに初めて触れた作品でもある。


 購入理由は至極単純……絵師様のイラストとキャラデザがドストライクだったから。

 つまりパッケージ買いだ。

 どの絵師様が描いたとかキャラデザの善し悪しとかは、エロゲを選ぶ要因で重要事項なのだから当然と言えるだろう。


 だが自分の目が節穴だったと分からされるのは、そう遅くはなかった。


 先にゲームのあらすじを説明しよう。

 主人公のアレンとヒロインのクレアは幼馴染みの間柄で、幼い頃に交わした結婚の約束を果たすために交際している。

 二人の仲は睦まじく、周囲からも暖かく見守られていた。


 そんなある日、教会に勤めるクレアは修行の成果が実ったことで聖女候補として選ばれる。 

 神に聖女としての認められるため、世界各地にある教会支部を巡礼する旅に出ることを命じられ、アレンは恋人であるクレアの護衛として同行することになった。


 困難な旅路でも二人なら乗り越えられる……そんな話だと思っていたんだ。

 だが実際はそんな生易しいモノではなかった。


 旅の道中を描いた『けがたび』の本編中、様々な男や魔物があの手この手でクレアの身体を狙って来るのだ。

 当然、戦闘に敗北したりイベントを回避出来なければ抵抗虚しくクレアは襲われてしまう。

 そのままクレアは他の男に寝取られて快楽堕ちさせられ、アレンのことを見向きもしなくなるというバッドエンドが多数用意されているのだ。


 最初のHシーンがアレンとのイチャラブだっただけに、クレアが他の男に貪られる様は絶望でしかなかった。

 つーか全編を通してクレアがアレンとシたのはその一回のみで、それ以外は全てNTRシーンで埋め尽くされている。

 戦闘の難易度が高かったり大半のイベントが初見殺しなこともあり、この洗礼は避けて通れない代物と化していた。


 何十回と脳を破壊された俺もトラウマになり、NTRというジャンルを酷く忌み嫌うようになったのは言わずもがな。

 エロゲやエロ漫画選びに警戒心を懐いてしまい、どんなに好みの絵師様の作品でもNTRというだけで拒絶反応が出てしまうのだ。


 というか絵柄やキャラデザが好きなのに、ジャンルがNTRってパターンがイヤってくらい多くない?

 見た目はカスタードプリンなのに味はゴーヤというのが近いだろうか。

 あれはもう一種の詐欺、この世全ての悪と言っても過言ではない。


 そもそもどうして恋人がいる相手を寝取ろうとするのか、本気で意味が分からないな。

 仲睦まじく付き合ってるんだから見守れば良いじゃん。

 なんで割って入る上に奪おうとか考えられんの?

 人から奪わないと気が済まない泥棒か乞食かな?


 俺はそんなNTRを許さない。

 百合の間に挟まる男やショタが逆転するおねショタ並の大罪だ。


 だから俺はクレアをこの世界のヤリ○ン共から守るために、ひたすら鍛錬を積んで力を身に付けた。

 強ければ周囲への牽制になるし、何より敗北シチュを潰せる。

 これだけでもかなりの効果が見込めるだろう。


 単に強くなるだけじゃない。

 旅の道中で発生するエロイベントにも対処する必要がある。


 ゲーム内においてクレアが襲われる時、アレンは一服盛られて眠ってしまったり、巧みに誘導されて蚊帳の外に置かれることが多い。

 前者は耐性レベルを上げれば良いが、後者はあり得ないくらいの手際で以てクレアと引き離されてしまう。

 そういう技能はもっと別のことに使えよと、何度ツッコんだことか……。


 だが後者は何も解決策が無いわけじゃない。


 ゲーム中では文字送りしか出来なかったが、今俺が居るこの世界は紛れもない現実だ。

 つまりイベントが発生しようが普通に動ける。

 背景のNPCがプレイヤーとぶつかったりすると例えれば分かりやすいだろうか。


 そして幸いにも俺はエロゲーマーの執念で以て、心に深い傷を負いながらも『けがたび』をフルコンプリートクリアしている。

 どこでどのイベントが発生するかは熟知済みだ


 けれどもさっきも言った通り、この世界は現実そのもの。

 全てがゲームと同じだと思って油断しては足元を掬われてしまう。

 いつどこで何が起こるか分からない以上、何事も用心するに越したことはない。


 持てる最大限の力を発揮して諸々の対策に奮闘し続けた結果、クレアがNTRことなく巡礼の旅を終えることが出来た。






 ──アレンが極度の人間不信に陥ったことを除けば。


 大袈裟に聞こえるかもしれないが、事実として旅の間にクレアは世界中の男共に狙われ続けた。


 盗賊やゴロツキはいっつもクレアに下卑た眼差しを向けるわ。

 宿屋では店主や従業員が隙あらば彼女の寝込みを襲うとする。

 酒場だと酔っ払いを装ってどさくさにクレアを触ろうとしたり、度数の高い酒を勧めて酔わせようと企む。

 馬車に同乗した商人は違法の魔法具を持っていないヤツがいなかった。

 護衛を申し出た冒険者パーティーには、数えるのが億劫なくらい裏切られる。

 マッサージ店なんて以ての外。

 王族は権力を使ってでも手込めにしようとしやがる。

 しかも実行者は男に限らず女性の時もあった。

 挙げ句に教会の連中もこぞってクレアに目を付ける始末だ。


 特に教会の連中はゲームでも口八丁でクレアを言いくるめてやりたい放題していた。

 懺悔室に連れ込むなんて日常茶飯事だし、聖水という名の媚薬を塗り込むのもお手の物だろう。

 ヤってることが聖職者じゃなくて性職者なんだよ。


 なんなの?

 教典に『汝、隣人の女を寝取れ』とかでも書かれてんのか?

 もはや信仰してる神がゼウス並の色情神でもおかしくなくない?


 なおこれらは全て、ラスボスである教皇がクレアを自分のモノにするための策略だったりするんだが。


 そんな数々の諸問題に対処するために、クレア以外の誰も信じられなくなるのは必然だった。

 思考がシンプルな魔物相手に安心感を懐いてしまう程だ。


 加えて拍車を掛けたのが旅を終えた後だ。

 ゲームではクレアが寝取られないままラスボスを撃破すればエンディングだった。


 しかし再三になるがこの世界は現実。

 エンディングを迎えようが無情にも日々は続いていく。

 そう……クレアを狙う男共と格闘する日々も。


 もう、ホントに泣きたくなった。

 だって村に帰って後はクレアとの幸せスローライフだとか考えてたんだよ。

 なのに自分の父親が性的な目でクレアを見てたんだぜ?

 それも彼女のお父さんも一緒になってさ。


 そんなとこで安寧の生活が過ごせそうなはずもなく、俺はクレアを連れて再び世界中を旅することにした。


 長くなったがこれが俺達の現状だ。

 久しぶりに宿屋に泊まったら、当然のように店主が寝取ろうとするもんだから面倒極まりない。

 もういっそ世界を滅ぼした方が平和になる気がする。


 ちょっと回想してたらまた憂鬱になってきた。

 これじゃ寝ようにも寝れなくなる。

 いつもはクレアが慰めてくれたんだが、生憎と彼女は今眠っている。

 辛くなったら抱き枕にしてもいいって言ってくれたのがせめてもの救いだ。


 少しでも癒やされるならと、装備を外してから恥も外聞も捨ててクレアのベッドに潜り込む。

 そのまま彼女の身体を抱き締めると、止め処ない安心感が胸を満たしてくれた。


「大丈夫だよクレア……キミは俺が守る……」


 微睡みながら改めて決意を口にして、俺は眠った。


 ======


 数年後、俺達の間に子供が生まれた。

 性別は男の子だ。


 人間不信は変わらず患ったままだけど、可愛い我が子を疑ったりなんてしない。


 少なくとも、授乳中の息子が執拗に吸おうとするまではそう思っていた。


 マイサンまでもが敵となった瞬間、脳裏に第二ラウンドのゴングが鳴った。
















 ======


 ──クレアは知っている。


 自分が男性にどんな目で見られているのかを。

 何度もジロジロと見続けられたら、流石に気付くに決まっている。


 良い気分は微塵もしない。

 私が好きなのはアレンだけだから。

 彼以外にそういう目で見られたって嬉しくなんて無い。


 ホント、気持ち悪くて仕方が無かっ


 旅の間にアレンとの仲を深めて、旅が終わって聖女に選ばれたら結婚する。

 私の人生における目標は変わらない。


 物心が着いた頃からいつも一緒にいる幼馴染みのアレンは、旅を通して極度の人間不信に陥ってしまった。

 理由はきっと私のせいなんだろう。


 さっきも言ったように私は男性からとにかく狙われやすい。

 そんな私を守るためにアレンは人を疑って疑って疑い続けて、私以外の誰も信じなくなってしまった。

 だからいつも彼に助けられる度に、ありがとうの後にごめんなさいって何度も謝り続ける。


 それでもアレンは平気を装って言う。


「クレアが無事ならそれで良いよ」


 いつもそう言われて嬉しくて堪らないのに、今度は心の中でごめんなさいと謝る。

 だって本当に申し訳ないもの。










 ──彼には私しか居ないんだって、ドス黒い気持ちが抑えられなくなるから。


 この感情に気付いたのはいつからだろう。


 私が他の男性に色目を向けられてると分かれば、番犬みたいに牙を剥き出しにして警戒するのが当たり前だ。 

 なのに少しでも私と離れると、子犬が縋るような目で付いて来こうとする。


 誰にも負けないくらい強いあのアレンが、私にだけは弱った姿を見せてくれる……。


 そんな彼を見る度に、私は優越感と独占欲が入り交じった愉悦で頬が引き攣りそうになってしまう。

 酷い時には身体の疼きが止まらない程に、言葉に出来ない快感が全身を駆け巡る。


 もちろん、この気持ちがイケナイことだっていうのは理解していた。

 アレンのことが好きなのに、彼にもっと私無しで生きられないように溺れて欲しいと考えてしまう。

 好きだからこそって開き直ってしまえば、私はきっと元に戻れなくなる。


 なのに……一度知った甘い蜜を啜るように、彼を揺さぶり続けた。


 他の男性からジロジロ見られても不快な気持ちがしなくなった。

 だってアレンが縋るように見てくれるから。


 街中で彼が目を離した隙にちょっとだけ距離を開けるようにした。

 そうしたらアレンが必死になって探してくれるから。


 でも私の身体はアレン以外には指一本触れさせてなんかあげない。

 この気持ち嗜虐心を満たせるのは彼だけだもの。


 私、悪い子だね。

 だからアレンにいつも心の中で謝っている。

 でもね……アレンの方がもっと悪いんだから。


 あんなに捨てられそうな子犬みたいに怯えられると、もっともっと意地悪したくなっちゃうんだよ?


 あぁ……アレン……。


 これからも私はあなたを、たくさんイジワルしてあげるからね?


 

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