第7話 幼馴染と事後

  ~~~対戦中~~~



  ~~~対戦終了~~~



「「対戦ありがとうございました」」


 一連の行為を終え、俺たちは改めてベッドの上で正座をして向かい合い、そう言って頭を下げ合った。

 そして顔を上げたところで、「へっ」と深夏が変な感じに笑う。


「てか、対ありって。ヤることヤったあとに普通そんな挨拶する?」

「や、だって対よろから始まったから、そこはまあ礼儀かなと」

「まあちょっと分かる」


 そう言ってから再び「へっ」と笑うと、もそもそと裸のまま深夏が布団に潜り込む。

 俺も同じように、深夏の隣に滑り込んだ。


 シングルベッドは、二人で横になるにはちょっと狭い。だから身体をぴとっと隙間なくくっつけて、一枚の毛布を分け合うようにして俺たちは寝転がる。

 すると必然、深夏の小さい身体は俺の腕の中にすっぽりと収まるような感じになる。下になった俺の肩の付け根辺りが、ちょうど深夏の枕になるような感じの態勢だ。


 そんな状態で俺は深夏を後ろから抱き締めるようにして問いかけた。


「身体は大丈夫か?」

「なに、心配してくれんの?」

「そりゃ、まあ。痛そうにしてたし」

「ね。なんか思ってたよりめっちゃ痛かった」


 深夏の声は普通だったが、布団の下で彼女は下半身をもぞもぞと動かす。

 それからぽつりと、


「……なんかまだ挟まってるような感じする」


 と、呟いた。


 それに対して俺は言った。


「あ、そのセリフ、前に漫画でも見たことあるわ。本当に女子ってそれ言うのな」

「もしかしなくても隆文の頭の中は常に漫画のことしかないわけ?」

「もっと真綿に包み込むかのように優しく労わってやった方が良かったか?」

「それはそれできしょい」


 きしょい言うな。


「ところで、隆文のほうはシてみた感想はどうだったのよ。少しは漫画の取材になりそう?」

「そうだなぁ……」


 俺はその問いに、少し考え込んでから言葉を返した。


「エロ漫画化が童貞捨てるとエロの出力が下がる理由が分かった気がした」

「なにそれ、よく分かんないんだけど。もうちょっと端的に換言して?」

「こんなもんかぁ~、って感じだった。……あ~、俺もう童貞じゃないのか……」

「なにちょっと凹んだ声出してんのよ」

「やーだってさぁ……これまで俺を構成し続けていた『童貞』という属性が俺から失われたかと思うとなぁ……」


 そう考えると、童貞を失ったことで、長年連れ添った友人を失ったかのような、そんな寂しさを覚えてしまうのも事実であった。


「へぇ~、なんか意外。男子って童貞なんてさっさと捨てたいもんだと思ってた」

「まあ確かに童貞の時は俺もそうだったんだけどさ……。てか、深夏の方こそなんか感想とかないのかよ?」

「あたし? う~ん、そうだなぁ」


 もぞもぞと腕の中で深夏が身を捩ると、「よっと」と言いながら布団の中で身体ごとこちらへと振り返る。


「あたしは割と良かったかなあ。なんていうか、充実感? みたいな」

「あんな痛そうにしてたのに?」

「まあそうなんだけど、相手が隆文なのもよかったのかも」

「はぁ……え、なんで? 恋愛感情とかまるでない相手なのに?」

「恋愛感情はなくても、信頼関係はあるから」


 そう言って深夏が「ニッ」と笑った。


「隆文、ずっとあたしの様子見ながら動いてくれてたでしょ」

「それは、まあ……」

「だから無茶なことはしてこないだろうなーって。そう思ってたから、物理的には痛くても精神的にはリラックスできたし充実感もあった。あと――」


 言葉の途中で、深夏がそっと唇を寄せてきた。

 俺と深夏の唇が重なる。


 数秒の後、唇を離した深夏が、少し恥ずかしそうにはにかんでみせた。


「……あたし、割とキス好きかも」

「じゃあこれからもたまにする?」

「キス? エッチ?」

「今のはキスの方」

「じゃあエッチもそこに追加で」


 そう言って、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、また深夏はもぞもぞと身体を動かして仰向けになる。


 それから、天井を見上げながら、


「……あたしがあんたとこんなことシてるなんて、学校の誰も、想像もつかないんだろうなあ」


 と、呟いた。


「そうかもな」

「……え、あれ、あたし今なんか変なこと言った?」


 俺の言葉に、深夏がびっくり顔をこちらへ向ける。

 今の言葉は、無意識で漏れたものだったらしい。だから自分でもなにを言ったのかよく分かっていないのだろう。


「や、別に大したことは言ってないよ」

「あ、そっかよかった……なんかヤバいこと言ってたらどうしようかと思った」


 ホッとした様子で深夏が息をつく。

 そんな彼女の横顔を見ながら、俺は思った。


 深夏は学園の『大和撫子』だ。少なくとも、周りからはそう思われているし、そう思われるように深夏も意識して振る舞っている。

 もしかすると、彼女はそういう『大和撫子』な……『いい子』な自分に疲れていたのかもしれない。羽目を外してみたくなったのかもしれない。


 ……なんてのは、穿ちすぎだろうか?


 そんなことを考えながら深夏の頭をそっと撫でてやると、深夏はふにゃっと笑って、


「うわ、なんか隆文の手つきが優しい、キモッ」


 などとはしゃいだ声を上げる。やっぱうるせえなこいつ。


「ってか、この後まだ夕飯の支度しなきゃかぁ……」


 布団の中で今度はもぞもぞ丸くなりながら、億劫そうな声を深夏が上げた。

 額でとんとんと俺の胸を小突いてくる。


「飯の支度はいいから、いいからお前はもうちょっと寝てろ」

「でもそろそろ夕ご飯の時間だよ?」

「今日ぐらいは俺が作るって。まだ痛いんだろ?」


 無言で深夏がうなずく。


「ちょっと待ってろ」


 ベッドから抜け出し、シャツとパンツだけ手早く身に着け部屋を出る。

 それからダイニングでコップに水を汲み、部屋へと戻った。


「ほら、水。無理せずこれ飲んで休んでろ」

「……隆文ってさ、初体験を終えたあとにどんな風にイケメンムーブをするか普段からめっちゃ妄想してたりする?」

「なんだよ、やぶから棒に」

「……や、このやけに気が利く行動も、日々のそういった妄想という名の訓練を夜な夜な重ねた賜物なのかと思って」

「人をイタい妄想してる人みたいに言うな」

「してないの?」

「してます」


 漫画描いてる人間ってだいたいみんなするよねイタい妄想……え、するよね?


「とにかく、そのままもうちょい寝てろ。夕飯適当に作ってくっから」

「えー、悪いよ。いいっていいって、我慢できない痛さじゃないし」

「普段から作ってもらってんだから、これぐらいお安い御用だ」

「でも隆文って包丁で自分の耳切り落としそうだし……」

「人のことなんだと思ってんだ」

「陰キャ童貞オタクマイナス童貞。陰キャオタクの風上にも置けない背信者」

「ぼろくそ言うのやめてくんない?」

「あたしの彼氏で、一番大事な幼馴染」

「ツンとデレの落差が激しすぎて酔いそう」

「じゃあ料理は任せてもいいけど……んっ」


 深夏が唇を突き出してくる。

 それの意味するところを察して、俺は彼女に唇を重ねた。


「……ん、あたしやっぱキスけっこう好きかも」

「そうかい。良かったな」

「キスキス言ってたらなんかきす食べたくなってきちゃった。夜は鱚にしない?」

「今夜はカレーです」


 さっきゴム買いに行くついでに材料も一緒に買ってきたでしょ。

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