ママは能力者⑪ ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話

ゆうすけ

地球最強の攻撃

「ママ、パパのペンダントを渡しちゃいけない!」


 レー、マーク、メグの三人が一斉に叫んだ。ミサは少し寂しそうに微笑んでそれに応じる。


「ママは、お前たちが無事なら、他になにもいらないのです」

「ママ! そのペンダントを渡しちゃったら、パパが命がけで授けてくれたママの能力がなくなっちゃう!」


 レーはペンダントを首から外すミサに向かって、必死に手を伸ばす。


「そのペンダントで魔力をブーストしているのね。それはいいことを聞いたわ。私の魔力にペンダントのブーストを使えば、世界は思いのまま! 禁断の時戻しの魔法で学生時代に戻って、今度は私が先輩のお嫁さんになるのよ! あ-はっはっはっ!」


 琴が勝ち誇ったように高らかに笑った。


「ママ! 渡したらダメ! ペンダントを渡したら時戻しの魔法を使うつもりだよ!時戻しの魔法で時間が戻ったら、私たち、産まれてこないかもしれないんだよ! 私たち、ママと会えなくなっちゃうかもしれないんだよ!」


 メグが叫ぶ。


「さすがSランク魔法使いのメグ、よく知ってるわね。そうよ! この私に魔力ブーストがかかれば、今まで二人の大魔法師だけしか成功していない時戻しの術が使えるのよ! 雑春魔法師と明日博魔法師の二人しか成功していない、夢の時戻し魔法。いよいよ禁断の魔術で世界が乗っ取れるわ! 先輩も私の物よ! ミサはせいぜい体重と腹囲でも気にしながらひっそりと余生を過ごせばいいのよ! ふははははははは! ミサ、今度こそ、今度こそ、私の勝ちよ! さあ、渡しなさい!」


 稀代の魔法使い、糸海琴いとうみ ことは黒いローブの両袖を広げて、世界の終わりを告げるように冷たい声を上げた。

 北の夜空は雲もなく、漆黒のビロードとなってミサたちの上に覆いかぶさっている。さっきまで降っていたスコールは止んでいた。今は生ぬるい風がどんよりとミサたちにまとわりついている。


 ミサは手に持つペンダントを見つめ返す。

 このペンダントを渡せば子供たちは無傷で済む。しかし、その存在が時戻しの術で消え去るかもしれない。


 ……パパどうすれば、いいのです? 私、分からないのです! パパ!


 しびれを切らした琴が黒のローブをなびかせて一歩足を踏み出した。足元の雨に濡れた雪がしゃりっと音を立てる。


 その時、轟音とともに超低空飛行でジェット機が飛び込んで来た。メグとマークはとっさにその場に頭をかかえて伏せる。


「きゃあ、なにアレ!」

「ジェット機が突っ込んで来た!」


 ミサはジェット機の風圧で飛ばされないように足をふんばっている。レーは裸Yシャツの裾がまくれるのも気にせずに、視界の中のジェット機が地面すれすれで機種を上げるのを食い入るように目を凝らしている。


 琴も言葉を失って、長い髪を抑えた。

 何が起こっているのか。


 ジェット機は対峙するミサたちの間を超スピードで風を巻き上げながら通り過ぎた。

  ごおおおおおおおお。


 あっという間の出来事だった。


 ジェット機は再び上空へと舞い上がり、見る間に小さな点となる。レーがぺたんと地面に尻もちをついた。上空を見上げる横顔に涙がつたう。


「……今のジェット機、フジコーさんだった。フジコーさんだった!」


 もうジェット機は影も形も見えなくなっている。ミサが声を上げる。


「レー、相変わらず驚異の動体視力なのです。ホントにフジコーさんだったのです?」

「ママ! 間違いないの! フジコーさん、生きていた! 生きていたの!」


 レーは顔を両手で覆って泣き出した。

 しかし、琴はジェット機乱入の驚きから立ち直ると、再び勝ち誇った声でミサを威圧し始めた。ミサたちの絶体絶命度はなにも変わっていなかった。


「ふっ、無駄なことを。ジェット機で体当たりして私をつぶそうとしたのね。愚かな。歴史に残る大魔術師に肩を並べた私に、物理攻撃は無効だと何度言ったら分かるのかしら。ジェット機で突っ込んでも私には傷一つ負わせることはできない。とんだ邪魔が入ったけど、ペンダントを渡しなさい! 早く! ミサ!」

「さあ、それはどうかしら? おばさん!」


 挑発的なセリフで黒いローブの琴の前に立ちはだかったのは、ジェット機の風圧でさるぐつわが外れたユウだった。ユウのピンクのレオタードが徐々に光を集めて淡く輝き始めている。


「さすが空自のエースパイロット。音速に近いスピードで地面に向かって突っ込んできて、飛行中の機体から私にこの自衛隊特製小瓶を投げ渡すなんて、よくそんな物理的に不可能なことを平然とやってのけるわよね」

「なにを言ってる! お前もそのレオタードを服従の証として渡すのよ! 私をおばさん扱いするなんて、この小娘、そんなに死にたいの?」

「ユウ! 琴ちゃんを刺激したらいけないのです! 琴ちゃん、ペンダントを渡すからユウから離れてほしいのです!」


 ミサが慌てて駆け寄ってきた。ユウは不敵な笑いを浮かべている。


「大丈夫、ママ。下がってて」

「ユウ! 今の琴ちゃんには物理攻撃も魔法攻撃も無効なのです!」

「いいわ、次女。かかってきなさい。叩き潰してやる。私を若作りドン腹二重あご厚化粧おばさん扱いしたことを、地獄で後悔させてやる!」


 琴はそう言って歪んだ笑いを見せた。ローブを広げて、腕をゆらりとなびかせると魔法の詠唱を唱えだした。


「怒れる大地、凍れる空、我に地獄の業火乗り移りたる魂をささげ奉らん……」

「琴ちゃんが魔法を詠唱したのです! ユウ、伏せるのです! とんでもない威力の攻撃魔法が来るのです!」

「この詠唱のスキを狙っていたのよ!」


 そう言うとユウはジェット機から投げ込まれた小瓶を一気にあおった。

 すぐにユウのレオタードが光に満ちる。それは暗い雪原の中でひときは眩しく広がる白い炎となった。


「行きます! MAXパワーソリューション。リゾナンス全開! ハニー・ミルキー・ストリーーーーーーーーーーーム!!!」


 叫び声とともにユウは豊満に膨らんだ胸を突き出した。光輝くピンクのレオタードの胸。そこから黄金色の液体が二筋の閃光となって、目にもとまらぬ早さで琴の広げたローブを貫いていく。


「がはっ、ど、どうして、物理攻撃など効くはずがないのに!」

「驕れるもの、久しからずね」


 メグとマークが呆然と閃光に貫かれ蹂躙される琴を見つめて呟く。

「あ、あれは……TOVICの幻の隠しコマンド、ミルキー・スプラッシュに、自衛隊特製はちみつを加えてさらにカロリーアップを図ったハニー・ミルキー・ストリーム!」

「普通のミルキースプラッシュに比べて、はちみつの高カロリーをそのまま免疫力として加えている。あまりに強壮作用が強すぎて赤ん坊にはかえって毒になるという、地球最強の生物兵器バイオニックウェポンはちみつ母乳ハニーミルク。それをチャージEから噴出するなんて……、ユウちゃん、無茶すぎる……」

「でも、物理攻撃でも魔法攻撃でもない母乳攻撃なら、最強の魔法使いにもダメージが通るわね」


「ぐわあああああああ」

 糸海琴の断末魔の叫び声が、一面に広がる暗い雪原に響き渡った。


 ◇


 ある日の夕方。季節は春まっさかり。

 今日は花冷えのする一日だった。あちこちで花を開いた桜が、アスファルト色の街並みに春の彩りをそえている。長かった冬はもう終わりだ。


 マンションのキッチンではミサがエプロン姿でフライパンを振るっていた。


「むー、身長が足りないので、お料理がしにくくて仕方ないのです。まったくメグはお料理する気がまったくないのはどうかと思うのです。レーは花嫁修業とか言ってたまにお料理を手伝ってくれるけど、今日は四人とも仕事と学校に行ってるのです」


 ぶつぶつと独り言をいいながら料理を作るミサに向かって幼女がとことこと近づく。


「ママ―、今日の晩御飯はー? わたし、カレーがいいなあ」

「あなたにママと呼ばれる筋合いはないのです。ミサと呼べばいいのです。今日は粒マスタードソーセージなのです。おとなしく座って待つのです」

「えー、わたしおなかすいたー」

「おとなしく待つのです! みんなが帰ってきてから食べるのです! あ、レーは今日はフジコーさんのところに行くから晩ご飯いらないと言っていたのです。ごはんができるまで宿題の日記でも書いておくのです!」

「えー、わたしお勉強きらいー」

「日記書くのです!! そんなことじゃ立派な聖女になれないのです!」


 ミサにたしなめられて幼女は不承不承にダイニングの椅子に腰かけた。見た目、ミサよりも少し背が低い。幼稚園の年長さんぐらいだろうか。


 キンコーン

 チャイムが鳴った。


「ただいまー」「ただいまー」「ただいま」

「あ、メグちゃんとユウちゃんとマークだ! みんな、おかえりー!」


 幼女はてくてくと走って行った。先頭でダイニングに顔を出したのはユウだった。


「ただいま、琴ちゃん。お利口にしてた?」

 ユウは飛びついて来た琴ちゃんと呼ばれた幼女を抱きかかえる。そのままダイニングテーブルまでユウに抱かれてきた。


「ママー、早く食べようー」

「だから、琴ちゃんにママと呼ばれる筋合いはないのです! まったく、ユウがミルキー・スプラッシュを放つたびに扶養家族が増えていくのです」

「まあ、母乳をカロリーアップしてるからね」


 ユウはそう言ってダイニングの子供椅子に琴を下ろす。


「平和になるからいいんじゃない?」


 メグもよいしょと腰を下ろした。

 少し遅れてマークが顔を出す。


「ユウちゃん、メグちゃん、帰ってきたら手洗いとうがいしないとダメだよ。ほら、早く。早くしないと琴ちゃんががまんできないじゃん」

「まったく、マークは小姑みたいだよね。メグ、行こか」


 マークに急かされてユウとメグは洗面台に向かう。


「ママー、わたし早くご飯食べたいー」


 にこにこと笑う琴の瞳は純で、どこまでも澄んでいた。



 ……おわり(結局最後はおっぱいビーム。笑)


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ママは能力者⑪ ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話 ゆうすけ @Hasahina214

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