K君の空想日記

カニカマもどき

日記を書こう

 K君は自室の勉強机に向かい、頭を悩ませていた。

 夏休みの宿題はいつの時代も子供たちの悩みの種であるが、とりわけK君を悩ませていたのは、日記の宿題であった。


 なぜ日記が書けないのか。他の宿題と違い正解が存在しないためか、学校以外での生活ぶりを知られることに抵抗を感じるためか。理由はK君自身にも判然としない。とにかくK君は、他の宿題を早々に片付けた一方で、日記にだけは、なかなか手を付けられずにいたのだ。



 ふと、日記帳をにらみ続けていたK君に妙案がひらめいた。

「そうだ。何も、馬鹿正直に事実を書く必要はない。空想と創作をバレないよう適度に盛り込んだ、エンタメ性あふれる日記を書こう。空想日記だ。これなら楽しみつつ書けるぞ」


 さっそく、K君は空想日記の執筆にとりかかった。



                  *


〇月〇日

 今日は、商店街へおつかいに出かけた。

 八百屋も肉屋も魚屋も慣れたもので、旬でお買い得なものを次々に購入した。

「毎度どうも。A5ランク和牛、少しオマケしておくよ」

「ありがとうございます」やれやれ、嬉しいけど全部持ち切れるだろうか。

 

 そのとき、叫び声が聞こえた。「ひったくりよ、捕まえて!」

 声を聞いて振り向くと、なんとひったくり犯がこちらに突進してくるではないか。僕は咄嗟にカポエイラの技で犯人を撃退。被害者に感謝され、人々から称賛された。

「別に、当然のことをしたまでです。やれやれ、服が汚れてしま (中断)


                  *


「そぉい!」K君は執筆を中断し、シャーペンを日記帳に叩きつけた。

 こんな見栄丸出しの内容では、すぐ嘘とバレるうえに痛々しい。やりすぎだ。そもそも、おつかいに出かけたというのが嘘である。方向性を改めなくては。


 深呼吸し心を落ち着け、K君は再び書き始めた。



                  *


〇月〇日

 海水浴のあとで疲れていたからだろうか。目覚めたのはもう昼近くだった。1階のリビングへ降りる。テーブルに朝食が残っているかと思ったが、見当たらない。

「おはよう。何か食べるものない?」

 近くにいた母へ声をかけるが、聞こえていないのか、反応がない。なんだか疲れているように見える。

 どうも様子がおかしい。怪訝に思っていると、母がこちらにずんずんと向かってきた。止まらない。ぶつかる、と身構えたが、ぶつからなかった。


 「え」何が起こっているのか分からないまま、通りすぎた母を見る。そして、母が向かった先、仏壇の遺影を見て思い出す。

 そうか。僕は、海水浴に出かけた日、溺れて死んでしま (中断)


                  *


「死んどるやないかい!」K君は天井を仰ぎ、椅子を回転させながら叫んだ。

 ドラマティックな内容ではあるが、筆者が死んでいては日記として完全に破綻している。これではいけない。書き直さなくては。


 しばし瞑想した後、K君は再び筆を執った。



                  *


〇月〇日

 あの入道雲を目指し 僕らは歩き続けた

 ゆっくりと 一歩ずつ

 ときに躓きながら ときによろめきながら Wow Wow

 So change the future New Do 雲 

 嗚呼 僕は 僕らはどこへ向かうのだろ (中断)


                  *


「いやどこ行くねん!」K君は叫びつつ背後のベッドにダイブした。

 だめだ。創作意欲が暴走して、日記ではなくクソみたいな詞を書いてしまった。夏の日差しのせいか。夏の日差しのせいだ。書けば書くほど、ドツボにはまっている気がする。なんとかしなくては。



 しかし、その後も執筆は難航し、失敗作ばかりが量産された。

 やむを得ず、K君は「空想日記の執筆に四苦八苦した夏休みの日々」をありのまま日記に書き記した。なぜか先生からは高評価をもらったという。

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K君の空想日記 カニカマもどき @wasabi014

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