第2話 偶然

 私とその子は、お互い同じポーズを取ったまま、無理矢理に作った笑顔をさらに引きつらせていた。


 いや、だって、全く予想外の出来事が起こってしまったのである。だれがたまたま久しぶりに行った学校で、知り合いの絵師と遭遇するだろうか。ーーもちろん、本当に知り合いかはわからないけれど、とにかくこの子はシーラのさっきの投稿を見ている。こんな展開は、少なくとも私が昨日の夜と今日の朝で必死になって考えた、いくつもの状況とは似ても似つかない。そして、私は事前にシュミレートしていないと、会話も満足にできない状態なのだ。


 できれば向こうから話しかけてくれないだろうか。もし話しかけてもらえたら、私はもしかすると、なんとか人並みの受け答えができるかもしれない。


 ーーいや、人に頼ってどうする。そもそも、向こうの状況も、こっちと似ているに違いないのだ。私が何もしなければ、私たち二人にとっての運命的な出会いを逃してしまうかもしれないのだ。


 何を大仰なことを考えているんだーーと、私は苦笑して、そして、かこんと脳内に衝撃が走った。


 なんということもない。少し楽しくなってしまっただけだったーー私は、自分が大仰なことを成し遂げようとしていることに気づいたのだった。それは、たとえば美少年とぶつかるだとか、たとえば突然謎の能力が開花するだとか、そんなおとぎ話じみた感じがあった。


 私は、なんだか急に自分が物語の主人公にランクアップしたような高揚感を感じ始めていた。そうだ、別に宇宙人だって、主役を張ってもいいのだ。二人の宇宙人が地球人の社会の中で強く生きようとするような物語を、今から私たちが作り出すのだ。


「行こうか」


 私は目の前の子の顔をまっすぐ見て、それだけ言って校門をくぐった。


 すぐにその子は私の横に並んできた。


 私たちは黙って歩き続けた。やっぱり私たちはどちらからも話しかけることができなかった。でも、それでよかった。私たちはお互いに仲間であることを知っていた。それさえわかっていれば、少なくとも怖さはなかった。


 教室に着いた。さすがに私たちも、ノータイムで扉を開けることはできなかった。それは私たちの冒険のチェックポイントのようなもので、怖い顔で勇者を待ち受けるボスのような気がした。……うん、扉が木造で、木の縞模様が顔のように見えただけだった。


 それでも私たちは三呼吸ほど動けなかったけれど、私はとうとう決心をして、扉を開いた。


 そのとたん、目眩がした。


 まるで暗い洞窟から外に出たかのようだった。もちろん窓のカーテンは開いていて教室の中は明るかったのだけど、いちばん強く私に圧力をかけたのは、音だった。


 とにかく、あっちにもこっちにも人がいて、その人たちのそれぞれが、思い思いに声を発していた。彼らは喋り続けないと死んでしまうかのように口を動かしていて、何人かは活発にジェスチャーをしたり、隣の人の肩を叩いたりしていた。


 私はその人たちが自分とは違う世界にいるような感覚になって、なんだか自分がすごく場違いであるような気がして、思わず一歩下がった。やはり私は宇宙人なのだった。地球人には拒否反応を示してしまうのだ。


 音の圧力は絶え間なく私を押し続けていた。私はもう後ろを向いて逃げ出しそうになっていた。


 そのとき、彼女と目が合った。


 そのさっきまで並んで歩いていた子は、私と同じように見えない力に押されているように見えた。必死に隠そうとはしていたけれど、やや腰が引けているような、臆病な感じだった。


 でも、彼女には戦う意志があるようだった。それはその目だった。彼女の目は、迷うことなくまっすぐ前を見つめていた。これからどんな困難があっても、決して逃げ出しそうには見えない、そんな雰囲気があった。


 私はなんとか体を前に向け直して、一歩踏み出した。やっぱり大きな圧力が私を押し続けていた。それでも私はそれに抗って進み続けた。


 やっと自分の席に着いて、私は糸が切れたように机に身を委ねた。もう少しで気絶するくらい疲れていた。でも圧力は依然として弱まっていなくて、私は助けを求めるように、ちょうど前の席に座った私のただ一人の仲間に目を向けた。


 そして、私は驚くべき事実に気づいてしまった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

輪唱 六野みさお @rikunomisao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ