片翼のカラス:へんよくのカラス

KEIV

カラスは還る

珍しく丑三つ時を超えても頭は冴えたままだった。


記憶にある限りここまで不眠な事は無い。基本は日付が変わる頃には、遅くとも午前1時頃には寝ているが、今日は全く眠気が無い。出るのはただのカラ欠伸だけ。ただどうしようも無い暇が出来ただけだった。3日前に買った漫画は3回読んでほぼ記憶したから答え合わせしながら見てるのに変わらないし、今はそれがつまらない。昔買った小説は10回100回と読み返したから少し期間を置いてから読み直したいし、書きかけのネット小説はこれ以上進まないと判断して明日に持ち越し。


そんなこんなで暇を持て余した結果、屋上に上がる事にした。自分が住んでるマンションは13階建て。立地は都市部からそこそこ離れた、住宅街と田んぼを主とする農耕地の混合地域で、その中でも農耕地の比率が高い辺り。バスで最寄り駅に行き数駅、そこからバスに暫く揺られれば大学のキャンパス。といった感じの、大学と提携した下宿生向けのマンションだ。無論、社会人や子どもを持つ家族なども要るから夜な夜な騒いだりなんだりはあまり出来ないが、その代わりに星が見やすいこの屋上が解放されているそうだ。


強化ガラス製の壁にもたれかかりながら星空を見上げる。街灯などの光の影響で山地程明るく数も多くは見えないが、それでも都市部で見た空よりかはよっぽど綺麗に星が見れる。

はぁ…………

どうしたんだろうなぁ………………

知らないはずなのに何だか物凄く懐かしく感じてしまう。ここに入居してからまだ10日程。正真正銘、この景色を見るのは初めてだ。なのに。それなのに何故か物凄く懐かしい。


そんな感傷に浸っていた頃。ふと屋上の出入口の方から人が出てくる気配を感じ、視線を持っていくと幼い子供の姿が見えた。黒い翼。しかも左側のみ。

ふあぁ……

と欠伸をすると、眠そうな目を擦りながらトコトコと歩いて近付いてくる。

「君、どうしたの?」

と声をかけると

『ぼく、ねむれなくて』

と返ってくる。


!?

その声を聞いた瞬間心臓が小さく跳ねた。そしてそれが締め付けるられたような痛みに変わる。なんだろうこの感じ。自分は彼の事を知ってるのか?

「保育園?幼稚園?」

『ほいくえん。せきれいほいくえん。あのねあのね。ゆうきくんがかいだんでころんじゃってね』

「頭から血が出ちゃったんだよね?」

『うん!!おにーちゃんなんでしってるの?』

「なんでだろうね?」

『ふーん』

と言いつつも、コテンと首を傾げる男の子。


言葉を濁さざるを得ない。鶺鴒保育園は自分の地元の保育園だからこの辺りの子が知るような所でもないし、仮にこの辺りに有ったとしても13年前の祐樹の怪我の状況や日付けまで被るのはほぼ有り得ないに等しい。であれば………………

そんな事を考えてると突然、

『あそこ!!』

とその子が実家のほうを指しながら、両腕を広げて言った。要するに抱っこして見せてという事だ。両脇を抱えると持ち上げ肩に乗せる。

『ありがとー!!おにーちゃん!!』

とその子が上から頭を撫でる。


「ところでさ。お父さんとかお母さんとかどうしたの?」

『このおうちにはいないよ。どこかいっちゃったみたい。でもねでもね。おうちのおかねはちゃんとはらってくれてるし、おんなのひとがぼくのことをみてくれてるの』

「そうなんだ。お父さんとかお母さんとか女の人から何か聞いてる?」

『うーん……あ。


寝れない日は屋上に上がってお星さま見てていいよ。で、このヒト気になるってなったら一緒にお喋りしてあげなさい。


っていってた』

「へー。そっか」


突然肩にかかる重みが変わる。声変わりしかけの高さの声が聴いてくる。

『兄ちゃん知らない間に首筋に切り傷付いてた事ってある?』

「うん」

『そっか。俺知ってるんだよね。それは、兄ちゃんが自分でやった事だって』

「え?」

予想外の言葉が出てくる。しかし、その少年は続ける。

『いつも元気なのは、まるでストレスが無いかのように生活出来てるのは布団の中で夜泣いてるから。怒ってるから。だからだよ?』


そう言ってから自分の頭をつつき『降ろして』と。重さの変化に耐えきれずガラスに手をついて支えていたので丁度いい。言われるがままに降ろすと、その姿は小学6年生程になっていた。やはり黒い翼が生えている。

『俺、兄ちゃんと話してて思い出した。母さんから言われたもう1つの事』

「それって?」

『確かこんな感じだったはず。


もし出会った人とカナタとの話があまりにも共通する様なら次の居場所はそこだ。それまでも、それからも、父さんや母さんは叶多の傍に居るから行ってやりなさい。


ってさ』

「もしかして……」

『たぶんそういう事なんじゃね?』

「…………ねぇ君。名前はなんて言うの?」

『ヤマナミ カナタ』

そう聞いて絶句する。自分の名前は山南ヤマナミ 叶多カナタ。紛うことなき自分の名前だ。


ほら。そう言って差し出された左手首には皮膚を無理やり引きちぎった様な跡がある。今も左手首に残る傷跡。少年のその傷跡に触れた途端、知っているのに知らない記憶が自分の中に流れ込んでくる。仲間外れにされて泣いていた保育園の頃。運動が出来なくて皆にバカにされてた小学生の時の記憶。自分のイレギュラーさ、アブノーマルさを呪って皮膚を引きちぎって泣いていたあの日。触った感触は問題無いけど、ただ何故か残ってる右首筋の違和感の原因。無力さ、非力さ、不出来さを呪って死のうと立てた計画。そのすべてが自分の中に入っていく。


いつの間にやら閉じていた目を開くと少年の姿だった彼は幼い子どもの姿に戻っていた。

「今までありがとうね。これからは自分が全て背負っていくよ。ごめんね」

『うぅん。大丈夫!!』

そう言葉を交わすと

「おかえり。そして、おやすみ」






おっ!!居たいたー!!

急にどうしたのよ。屋上なんか来てさー

望遠鏡持ってきたから、星空見たいんなら存分に楽しもうぜ!!な?

なんか喋りたかったら一緒に喋ろーよ!!

と、次々サークルの先輩や同級生が屋上に上がってくる。

「なんで……」

『15分くらい前かな。お前の部屋の方からドアが閉まる音が聞こえたからお前の隣の部屋の俺の同級生に確認したんや。んで、みんなに呼びかけて今に至る』

「なんか……ありがとね」

そう言って俺は微笑む。


その青年の背中には、見えないけれど確かに白黒まだらの翼があった。

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