#35「エピローグ/ハーレムになってしまったようです」

 ――停学が明けてからしばらくは、学校生活は平穏そのものだった。

 周防さんは大人しくなったし、俺の日常を脅かす新たな存在も、今のところ現れてはいない。……まあ、そもそもそんな存在がホイホイ現れてたまるかって話ではあるが。

 ちなみに、相変わらず校内では俺のアイドル的人気が高まってきているが……日常生活にほとんど実害はなく、慣れてしまえば可愛いもんだった。

 だが、ならば全く問題がないのかというと、実はそうではない訳で――。


「――ねぇ、朱鳥ちゃん」

 俺は放課後、隣の席の雨宮さん――雫ちゃんから声を掛けられる。

 雫ちゃんの額には、俺がプレゼントした猫のヘアピンが西日に当てられて光っていた。

 どうやら気に入ってくれたみたいだった。


「うん? どうかした?」

 俺がそう返事をすると、雫ちゃんはモジモジしながら言った。

「あの、朱鳥ちゃんが良かったら……一緒に帰らない?」

 俺と雫ちゃんは、更に仲が縮まった先日の一件以来、一緒に帰ることが多くなっていた。


「うん、良いよ」

 俺は二つ返事でOKする。


 雫ちゃんと一緒に帰ること自体は全然問題ない。むしろ最初の頃の距離感を考えれば、この進歩は歓迎すべきなのだろう。

 だが残念ながらそれは、そんなふうに手放しで喜べるものでもなかった。

 何故かって?

 それは……。


 俺は雫ちゃんと一緒に教室に出る。

 すると、その出口に1人、ある女子生徒が待っていた。


「……お待ちしておりました、朱鳥様」


 そこにいたのは、桃花だった。

「桃花……どうしたの、そんなところで?」

「朱鳥様が差し支えなければ、一緒に帰りたいと思いまして」

「えっと、別に私は良いけど……」

 俺はちらっと雫ちゃんを見る。

 桃花はその様子を見て、何かを察したようだった。


「ああ……雨宮さんも一緒でしたか。私もご一緒してもよろしいですか?」

「う、うん……」

 雫ちゃんは、ぎこちなく頷く。


「そうですか、それは良かった。それでは行きましょう、朱鳥様」

「ん、ああ……」


 ……桃花はたまに、俺と一緒に帰るために教室の外で待っていることがある。

 まあ別に、俺も桃花のことは嫌いじゃないし、別に一緒に帰るくらい全然良いんだが……こういうふうに、運悪く雫ちゃんとバッティングする時があるのだ。

 そういう時は必然的に3人で帰ることになるのだが、人見知りの雫ちゃんがまだ桃花と打ち解けられていないのか、何となくギクシャクした雰囲気が流れる。

 それが俺からすれば、メチャクチャ気まずい訳で。


 だが、それだけならまだ良いほうだ。

 本当に問題なのは……その先だ。

 

 下駄箱で靴を履き替えて外に出ると、そこで待ち構えている人物がいた。


「待っておりましたわ、天王寺さん!!」


 玄関から校門までを繋ぐ道の真ん中で、堂々と仁王立ちして通行を妨げていたのは、あろうことか周防さんだった。

 周防さんは、俺と……共に歩く2人を見る。


「……なるほど。既に同じことを考えている方がいらっしゃいましたか。ならば話が早いですわね」

 周防さんは、満面の笑みで俺に向かって言った。

 

「今日は私も天王寺さんと一緒に帰らせて頂きますわ!」


「……いつもみたいにリムジン呼んでないの?」

「おりましたが……運転手には、そのまま帰ってもらいましたわ!」

 ……お嬢様のワガママに振り回されて……大変だな、その運転手も。


「という訳で、ご一緒させていただきます」

「ああ、うん……どうぞお好きに」


 そんなこんなで……3人、4人と徐々に大所帯になっていく俺たち。

 いや、こうやって誘ってくれるのはありがたいんだけどね?

 友達がほとんど居なかった男の頃の俺からすれば、あり得なかったことだし。

 でも、こうもいっぺんにお誘いの声がかかってしまうと、途端にどうして良いのか分からなくなる。

 そして一度そうなると、得てして連鎖は続いていくもので――。


「――あ、おーい! ねぇね!!」

 中等部側から駆け寄ってくる、ふたりの人物。

 パタパタと走ってくる華恋と、その後ろから遅れて付いてくる杠葉ちゃんだ。


「華恋……どうしたの? この時間は部活だったハズじゃ……」

「いやぁ、それが急に練習がお休みになってね。せっかくだから久々に杠葉ちゃんと一緒に帰ろうか――なんて話してたら、偶然ねぇねたちに会ったって訳です」

 なるほど、偶然ね……。

 偶然ってのは恐ろしい。


 そして遅れて合流した杠葉ちゃんが、恨めしそうに華恋に抗議する。


「もぉー、速いよ華恋ちゃん……」

「ごめんごめん」

 

 杠葉ちゃんは俺たちに、ペコリと頭を下げる。


「杠葉ちゃんも、偶然ね」

「はい、偶然ですね。……私たちも、ご一緒しても良いですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます、お姉様!」


 こうして中等部の2人も合流して、とうとう6人にまで膨れ上がってしまった俺たち。

 そして……これが今、俺が抱える新たな悩みの種だ。


 いつのまにか桃花が、しれっと俺の隣にピタリとくっつく。

 それを見て、周防さんが声を上げた。


「……あっ、種田さん! 抜け駆けは頂けませんわ!」

「抜け駆け? 一体なんのことでしょうか」

「しらばっくれても無駄ですわ! 貴女いま、さり気なく天王寺さんの隣に移動したでしょう? 私たちも天王寺さんの隣が良いのに! ねぇ、雨宮さん?」


 周防さんが同意を求めると、雫ちゃんは頷いた。


「うん……私も朱鳥ちゃんの隣が良いな……」

 普段引っ込み思案な雫ちゃんが、意外なほどはっきりと、自分の意見を表明する。

 そう言ってくれるのはありがたいんだけど……。


「あー! ハイハイ!! 私もねぇねの隣が良い!!」

 華恋、お前まで……。


 すると杠葉ちゃんが、皆んなに向かってこう言った。


「でしたら、朱鳥お姉様に決めていただくのはいかがですか?」


「なるほど、一理あります」

「それですわ!」

「うん……良いと思う……」

「ナイスアイデア! さすが杠葉ちゃん!」


 杠葉ちゃんの提案に、他の4人は賛同する。

 そして5人の少女が、一斉にこっちを見た。


 これってもしかして……俗に言うハーレムってやつじゃね?

 嬉しいけど……でも俺って今、女っすよ?

 なんでこうなるの?

 だが……そんな俺の苦悩をよそに、5人は口々に、俺の名前を呼ぶ。


「ねぇね!」

「天王寺さん!」

「朱鳥ちゃん!」

「朱鳥様!」

「……朱鳥お姉様! お姉様は……誰の隣が良いですか?」


 ――いや、こんなハーレムになるなんて……聞いてないんですけど!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る