#34「女性になるのも悪くないようです」
「朱鳥お姉様は、すごい人なんです! 貴方が思ってるよりも、ずっと、ずっと――!!」
俺と父さんの会話の中に割って入るようにして、叫ぶ杠葉ちゃん。
杠葉ちゃんは、普段からは想像できない剣幕で、目の端に涙を溜めていた。
「杠葉ちゃん……どうして……」
さっまで華恋とテニスコートにいたはずなのに……。
いや、それよりも……これは俺と父さんの問題なのであって、杠葉ちゃんには何の関係もない話だ。
それなのに、どうしてこんなにも真剣な目をして、俺のために怒ってくれるのだろう――。
杠葉ちゃんの言葉は、堰を切ったように、なおも溢れ出す。
「……朱鳥お姉様は、困っている私を助けてくれました。男の人に言い寄られてどうして良いか分からなくなっていた私の手を引いてくれました。でも、私だけじゃないです……。華恋ちゃんも種田先輩も……他にもたくさんの人が、朱鳥お姉様に勇気付けられてるんです。そんな朱鳥お姉様が……弱いハズない……!!」
杠葉ちゃんはそこまで言い切ると、父さんをキッと睨みつける。
予想外の人物の乱入に、父さんはしばらく面を食らったように黙っていたが――、
「――くくく……ははは!!」
――何かの糸が切れたかのように、笑い出していた。
「……なるほど。朱鳥……どうやらお前は、ただ何もせず遊んでいた訳ではないらしいな」
父さんはひとしきり笑ってみせると、普段通りの冷たい表情に戻る。
そして俺に向かって言った。
「他人からの信頼を勝ち取るのも、上に立つ者の重要な資質だ。……今のお前のそこだけは、認めてやっても良い」
……認めて良い、だって?
別に俺は認めて欲しいなんて、一言も頼んでいない。
でも、ひとつだけ、確かなことはある。
「俺は……父さんの思い通りにはならない。俺は俺のやり方で、父さん――アンタを超えてみせる」
俺は俺だ。父さんとは違う。
父さんの言葉に、惑わされる必要なんてないんだ。
「……そうか。ならば、せいぜい楽しみにしておくとしよう……お前が俺を超えるのをな」
父さんはそう言うと、俺に一瞥もくれずにその場を去っていった。
父さんが居なくなって気が抜けた俺は、ぺたんとその場にへたり込む。
「だ、大丈夫ですか……?」
俺を心配して、杠葉ちゃんが駆け寄ってきた。
「ゴメン、大丈夫……ただ、ホッとしたら気が抜けちゃって……」
……父さんとは、もう何年も会ってなかったからな。ぶっちゃけ緊張した。
「杠葉ちゃんは、どうしてここに……?」
「朱鳥お姉様が心配になって追いかけてきたら……ゴメンなさい、別に盗み聞きするつもりはなかったんですけど……」
「ちなみに私たちの話、どこから聞いてた?」
「えっと……お姉様があの人に、見捨てたられたって言っていたところから……」
「……そっか」
どうやら幸いなことに、俺が元男だったことについては聞いていないらしい。
だが、あの男が何者なのかについては……残念ながら誤魔化す余地は無さそうだった。
俺は観念して、杠葉ちゃんに言った。
「もう気付いてると思うけど……あの男が、私と華恋の父親なんだ」
杠葉ちゃんは何も言わず、俺の言葉を黙って聞いていた。
俺は続ける。
「あいつは昔から、自分の仕事にしか興味のない人間だった。でも、途中まではそれなりに家族としてやっていけてたんだ」
きっと、側から見れば歪な家族だったんだろうけど。
だけど……。
「だけど、あいつは突然……俺たち家族を切り捨てた」
あいつにとって、家族の存在は最初から邪魔でしかなかったのかも知れない。でも、何の前触れもなく突然家を追い出された俺たちにとっては、本当に寝耳に水だった訳で。
それ以来……俺は、あの男を許せずにいる。
「……ごめんなさい」
それまで黙って俺の話を聞いていた杠葉ちゃんが、ポツリと呟く。
「私、きっと余計なことを言っちゃいましたよね……?」
俺はそれを、かぶりを振って否定した。
「ううん、そんなことないよ。むしろ……あの男を言い負かしてくれてスッキリした。ありがとう」
あの時に杠葉ちゃんが来てくれなければ、俺はきっとあの男の持つ気迫に飲み込まれていたかも知れない。
「……考えてみれば、杠葉ちゃんには、いつも助お世話になりっぱなしだね」
服を選んでもらったりとか、おうちにお邪魔させてもらったり……。
「そ、そんな……! そんなことを言ったら、私の方が助けてもらいっぱなしですし……!」
「……そんなことないよ」
俺は立ち上がり、膝の汚れを払った。
そして、杠葉ちゃんの目を真っ直ぐに見据える。
「だから、もう一度だけ言わせて。…………ありがとう」
「……はい」
「……そうだ! また今度、日頃の感謝も込めて、ちゃんと何かのお礼をさせてよ」
「え?」
「なんでも1つ、杠葉ちゃんのお願いを聞いてあげる。ほら、何でも良いよ? 例えば、スイーツバイキングに連れて行って欲しい、とかさ」
「わ、悪いです……」
「良いのよ。私がお礼したいの。だから……ね?」
すると杠葉ちゃんは、少しだけ悩む様子を見せたあと、こう言った。
「じゃあ――ひとつだけ、お願いしても良いですか?」
「うん――」
「私は、朱鳥お姉様と――」
◇◇◇
――父さんのこととか、まだまだ問題は山積みだけど。
杠葉ちゃんや他の色んな人との出会いの中で、今の自分は、昔よりも遥かに充実している。
それは昔のままの俺では、確実に得られなかった変化で。
俺は――女になるっていうのも案外悪くないな、とそう思うのだった。
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