#23「テスト勉強をするようです」

「――聞きましたよ、朱鳥様」

 登校中の通学路で、桃花からそんなことを言われる。


「どうやら今度は、中間テストで対決するらしいですね?」

 昨日の今日なのに、既に耳に届いていらっしゃるとは。

「あ、それ私も聞きました!」

「私も聞いたよ!」

 桃花の言葉に、華恋と杠葉ちゃんも追従する。

 もう既に中等部の方まで伝わってるとは……相変わらず噂が広まるのが早い。ここまでくると、積極的に広めている奴が存在するんじゃないかとすら思えてくる。

 俺は、彼女たちに頷いた。


「そうね……本気で学年1位を狙う必要が出てきたかも」

「自信はあるんですか?」

 桃花の問いに、首を振る。

「まさか。自信なんてないわよ。なんせこの学校の試験がどんなものなのかすら、ロクにわかってないんだし」


 そう。

 俺にとっては、編入してから初めての試験なのだ。

 そんな状況で学年1位を取ろうっていうのだから、自分でも無理ゲーだろと思う。

 しかも前の学校でも成績が良かったかといえば、決してそうじゃない。


「……でも、見栄を切っちゃった以上、1位を取らないと格好がつかないでしょう?」


 実は、既に周防世莉歌の前で勝負に受けて立つと宣言してきたのだ。しかも、必ず学年1位を取ってやるというおまけ付きで。


 俺の答えに桃花は、大袈裟に溜息を吐いた。

「まったく……貴女という人は……。分かっているのですか? 栖鳳女学院は曲がりなりにも進学校ですよ? そんな学校で学年1位を取るのがどれだけ難しいことか、本当に分かっているのですか?」


「もちろん分かってるわよ。でもまだ試験まで1週間以上あるんだし、何とかなるじゃない?」


 中間テストは再来週の月曜からだ。つまりまだ少しは時間がある。それまでに完璧にしておけば良いだけの話だ。


「……随分簡単に言ってくれますね。そういうところは、昔の朱鳥様と変わっていません。昔から、いつも無茶なことばかり言って……そして必ず有言実行するんですから」

 桃花は懐かしそうに目を細める。

 いや、俺ってそんなに無茶な奴だったのか? 記憶には全然ないんだけどな……。

 まぁ実際今回の件は言い逃れのしようもないほどの無茶なので、弁明する気にもならないが。


「という訳で、桃花」

「……なんですか?」

 俺は、桃花に向かって両手で拝む。


「お願い! 残りの1週間、テスト勉強手伝ってくれない?」

「私が、ですか……?」

「ほら、先生によって出題のクセとか、そういうのあるでしょ? 私そういうのサッパリ分からないからさ。それに、私が編入する前の授業内容のノートとかも見ておきたいし……。ねぇ頼むよ、桃花」


 他にこんなことを頼める人間がいるとすれば、雨宮さんくらいなものだが……彼女にはあれだけカッコつけてしまったのだ。今更テスト勉強を手伝って欲しいとお願いするなんて、できそうもなかった。


「桃花だけにしか頼めないからさ。ね、お願い!」

「私だけ、ですか……」


 すると桃花は、目線を逸らし、口を尖らせながら言った。

「し、仕方ないですね……私も朱鳥様が醜態を晒すのは不本意ですし……。手伝っても良いですよ?」


「ありがとう! 桃花!」

 よし、これでようやく何とかなりそうな気がしてきた。

 もっとも、まだまだ油断は禁物だが……。


「早速今日の放課後からお願いしても良い?」

「ええ、構いませんよ」

 俺が提案すると、桃花はすぐに頷いた。


 桃花の同意を得られたところで……俺は華恋と杠葉ちゃんの方を見た。

「2人もどうかな? みんなで勉強した方が、多分捗ると思うんだけど」

「え……!? ご一緒しても良いんですか……?」

 まさか話を振られると思っていなかったのだろう。杠葉ちゃんは、俺の問いかけに目をぱちくりさせていた。


「もちろん。桃花も良いわよね?」

「……まぁ、朱鳥様が良いのであれば」

 桃花の答えがなんとなく煮え切らないようにも思えたが、取り敢えず問題なさそうだ。


「ねぇねたちと一緒にテスト勉強したい!!」

 華恋が叫ぶ。それを見て、杠葉ちゃんの心の中も固まったみたいだった。


「私も……一緒に勉強したいです……!」


「よし、決まりね」

 もしかして余計な提案だったかも、と一瞬思ったりもしたが……満更でもなさそうな杠葉ちゃんを見る限り、それはただの杞憂だったようだ。


 そんな訳で4人でテスト勉強することになったのだが、そこでひとつ問題が出てくる。


「さて、決まったは良いけど、どこで勉強しましょうか……」

 そう、問題は場所だ。

 この学院は金がかかっているだけあって結構な敷地面積を誇っているが、その分中等部と高等部の生活エリアが明確に区分けされており、一緒になって勉強できるところとなると意外と少ない。


「平日は図書室かカフェテリアでいいんじゃないでしょうか? あそこなら中等部と高等部、どちらも利用できますし。問題は、休日ですが……」

「そうね……」


 俺たちの家を提供したいところだが、今の家はお世辞にも大きいとはいえない。4人で伸び伸び勉強できるスペースを確保できるかは、微妙なところだった。

 それに家には、まだ俺が男だった頃の痕跡が残っている。男だとバレないためにも、家に入れるのは出来るだけ避けたい。


 俺と桃花がうーん、唸っていると……杠葉ちゃんがおずおずと手を上げた。

「あの……良かったら、私の家でやるのはどうですか?」

「あ、私も良いと思う! 杠葉ちゃんの家には一回行ったことがあるんだけど、とっても広いんだよ!」

 杠葉ちゃんの提案に、華恋も乗っかる。

 家主でもないのに図々しい奴だな……。

 だが、その提案が願ってもないものなのは確かだった。


「私としてはありがたいけど……迷惑じゃない?」

 俺が問うと、杠葉ちゃんはブンブンと首振った。

「いえ……お姉様がたの役に立てるなら嬉しいです。それにお母さんも賑やかなのは好きなので、きっと歓迎してくれると思います」

 

 そこまで言ってくれるのなら、逆に断るのも失礼なのかも知れない。


「……分かったわ。それじゃあ週末は杠葉ちゃんのお家にお邪魔しましょうか」

「はいっ!」


 杠葉ちゃんの思いがけない提案があったおかげで、週末の予定は無事に決まった。

 あとは、再来週の中間テストまで、どこまでやれるかだな……。

 まぁ、恥ずかしい思いをしなくて済む程度には、頑張っておくとしよう。

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