#22「受けて立つようです」
「――天王寺朱鳥!! 次の中間テストで、私は貴女に勝負を申し込みますわ!!」
周防世莉歌の口から、突然飛び出した宣戦布告。
始業前の教室で発せられたそれは、当然周りにいたクラスメイトたちの耳にも届いた訳で。
あまりの突然のことに驚いた彼女らの視線が一気に集まり、教室がしんと静まり返る。
……え? なんて?
勝負を申し込むって言わなかったか、今――?
「ち、ちょっと待って周防さん。話が見えないのですけど……」
「でしたら何度でも言いますわ。天王寺さん、私とテストの点数で勝負なさい 」
「なんでそんなことを……」
「そんなこと? 天王寺さんもつまらないことを聞きますのね。そんなの……この学院でどちらが上なのかをハッキリさせるためですわ」
ハッキリさせるためって……俺はそんなの別に……どっちでもいいんだけどな……。
と思ったが、どう考えても火に油を注ぐだけなので、口には出さない。
「……その勝負、私がお受けする理由が見当たらないのですけど」
「あら、理由ならありますわ」
「何ですって?」
すると周防さんは、周囲を見回しながら言う。
「これだけの人数が見ている中で断れば……私から逃げたことになるのではなくて?」
こいつ……。
確かに、周防さんの言うことは間違っていない。
テニス勝負をしたときに、あれだけ噂が広まったのだ。ということは今回も間違いなく、噂として学校中に広まるだろう。
だがそれは、周防さんも同じだ。もし仮に俺が勝負を受けて、俺が勝ったら……その勝敗は瞬く間に全校に知れ渡ると考えていい。
まさか周防さんがそれに気付いていないとも思えない。
つまり……背水の陣、という訳だ。
「まぁ……貴女にも考える時間が必要でしょう。明日もう一度お聞きしますわ。勝負を受けるのか。それとも……尻尾を巻いて逃げるのか」
周防さんはそれだけを言うと、くるりとスカートを翻し、自分の席へと戻っていった。
ったく……なんてことをしてくれるんだ……。
俺の描いていた平穏な学院生活が、また一歩遠のいてゆくのが見えた。
◇◇◇
「はぁ……さてと、どうしたものかしら……」
昼休み。
屋上で雨宮さんと昼食を共にしていた俺は、思わず大きな溜息を吐く。
俺のその様子を見て、雨宮さんは苦笑いを浮かべた。
「あはは……周防さんがこのまま黙ってるはずないとは思ってたけど、まさかあんな思い切ったことをするなんてね……」
そうなんだよな……。
まさかこんなやり方で、追い詰めてくるとは。
無論、周防さん自身も後に引けない状況になった訳だが。
「ねぇ、雨宮さん」
「うん?」
「周防さんって、そんなに頭いいの?」
あんな勝負を持ちかけてくるということは、それだけ自分の成績に自信があるということだろう。そうでなければ、あの言葉は絶対に出てこない。
俺が尋ねると、雨宮さんはこくりと頷いた。
「うん……確か去年の期末テストだと、学年3位だったはずだから」
なるほど、3位か……そりゃ自信があるわけだ。
でもそれだったら、勝機が全くない、という訳でもなさそうだった。
「……私、あの勝負受けようかな」
「え……?」
雨宮さんは、俺の言葉に驚き、目を見開く。
「どうして……? 無茶じゃないかな……」
「どうせ勝負を受けても受けなくても、きっと注目はされちゃうだろうし。それに、前回周防さんは3位だったんでしょ? ……ということは、満点じゃなかった。それって、勝てる可能性はゼロじゃないってことだよ」
「そうかも、知れないけど……」
雨宮さんの言いたいことも分かる。
きっと、それは無謀以外の何者でもないのだろう。
だけど……無謀の2文字で逃げるのは、俺の性に合わなかった。
「……雨宮さん、ひとつ聞いてもいいかな?」
「え? な、なに?」
それは、俺が雨宮さんと仲良くなってから、ずっと気になっていたこと。
「雨宮さんって……周防さんとどういう関係なの?」
「どういう関係って……」
雨宮さんの表情は、明らかに曇るのが見てとれた。どうやら俺の勘は間違いではなかったらしい。
ずっと妙だと思っていたのだ。
周防さんは雨宮さんを貧乏人だと罵っていた。雨宮さんのほうも、周防さんには逆らわない方がいい、となぜか知ったような口調だった。
ただのクラスメイトとは言い切れない、何かがあるような……。
すると雨宮さんは、どこか観念した様子で答えた。
「……別に大したことじゃないよ。ただ……私と周防さんは中等部の頃から、ずっと同じクラスだっただけ」
そうか……確かに、中高一貫校の栖鳳女学院なら、そういうことがあっても何らおかしくない。
「天王寺さんなら多分気付いてると思うけど……私の家は別に裕福じゃないの。平凡な家庭の人間が、分不相応に夢を見て……両親が無理をして入学させてくれただけ。だけど結局……あの子に現実を見せつけられた」
この4年間で雨宮さんがどんな思いをしてきたのかは、あの周防世莉歌を見ていると、想像に難くなかった。
持つ者と持たざる者。
周防世莉歌の横暴な振る舞いを見るたびに、彼女はそれを感じずにはいられなかったのだろう。
でもそれは……。
「私は結局、貧乏人の子だって――」
「――それは、違うでしょ」
「え?」
でもそれは……自分の限界を勝手に決めつけているだけだと、俺は思う。
「どんなに裕福な生まれでも、どんなに平凡な生まれでも……最後に人生の価値を決めるのは結局、自分じゃない?」
「で、でも……」
「よし、決めた――」
「え……?」
「――私、雨宮さんのために……周防さんとの勝負、勝つよ」
「わ、私のために……!?」
雨宮さんは、突然出てきた俺の言葉に、目を丸くする。
俺は頷いた。
「うん。自分の可能性を信じれば……なんだってできるっていうこと、証明してみせる」
そして雨宮さんに……自分を下卑する必要なんてないんだってことを、分からせてみせる。
「まぁ、見ててよ――周防さんなんて、コテンパンにやっつけちゃうからさ――」
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