#13「お買い物に行くことになったようです」

「――……ねぇねー!! おっはよー!!」


 いつものように、朝っぱらから轟く妹――華恋の叫び声。

 そして毎度のように何の断りもなく開け放たれたドアから、華恋が俺の部屋に侵入してくる。華恋はまだベットの上で横になっている俺の布団をひっぺがし、強引に揺さぶった。


「ほらほら、起きて起きて!」

「……何だよ、朝から騒々しい……今日は土曜日だろ……? 好きに寝かせてくれよ……」

 ……そう。

 今日は土曜日。つまり、学校は休みなのだ。

 平日ならいざ知らず、なぜ休みの日にまで叩き起こされにゃならんのか。


 だが華恋は、俺の抗議を聞いてもなお、揺さぶる手を緩めようとしない。

「もー、そんなこと言わないでさー、せっかくの休みなんだし、お出かけしようよー」

「うー……」

 俺はそんな華恋の声には耳を貸さず、ベッドの上で丸くなり続ける。

 さっさと諦めやがれ、ばーか。


 だが、その後も華恋の手が緩まることは一切なく。

 

 ゆさゆさ――。

 ゆっさゆっさ――。


 ――……だあッ!! しつこいッ!!


「………分かった!! 分かったよ……起きればいいんだろ……!?」

 ついに俺は、華恋の猛攻に屈して起き上がる。

「はっはっは、分かればよろしいのです!」

 華恋はこれ見よがしに高笑いする。

 クソ……覚えてろよ、華恋……。


「……で、どこに出かけるって?」

 俺が尋ねると、華恋は言った。

「洋服を買いに行きたいなと思って」

「は……? それ俺がついていく必要あんの?」

「何言ってんのさ。ねぇねの服も見に行くんだよ」


 俺の服……?

「別にいらねえけどな……」

「じゃあ聞くけど、着ていける服どれくらい持ってるの?」

「む……」


 確かに、女になってしまった今、着れる服は少ない。

 母さんがどこからか用意してきた女物の服が数着。そして男時代に着ていたダブダブのジャージとスウェットがわずかに残っているくらいだ。

 残りの服はサイズが合わなくなってしまったため、流石にもう着ることはできそうになかった。


「そう考えると……新しい服は必要か……」

「でしょ? いい機会だからさ、買いに行こうよ」

「そうだな……」

「じゃあ決まりね!」

 そう言うと、華恋は自分のスマホでどこかに通話し始める。


「あ、もしもし、杠葉ちゃん? ……うん、ねぇね行くって」

 ……って、おい。

 杠葉ちゃんもグルかよ。


 そして華恋と、電話越しの杠葉ちゃんとで、楽しそうに会話するのが聞こえてくる。

 その会話の内容によると、どうやら今日の行くあてがなんとなく決まったらしい。


 杠葉ちゃんとの電話を切った華恋は、こちらに向き直って俺に指図する。

「それじゃ、ねぇねはさっさと支度してきて」

「……朝飯は?」

「そんなのもうとっくに片付けちゃったよ! それに向こうでお昼食べる予定なんだから文句言わないの! ……とにかく、杠葉ちゃんも待ってるから、出来るだけ急ぐように!」

「へいへい……」

 まったく、人使いが荒いったらありゃしない。


 ……でもまぁ、たまにはこういうのもいいか。

 こんな予定がなきゃ、どうせ1日中家でゴロゴロしてるだけだろうしな。

 今日くらいは付き合ってやろう。

 そう決めた俺は、おもむろに寝巻きを着替え始めるのだった。


◇◇◇


 華恋にせっつかれながら外に出ると、平日と同じ合流地点で杠葉ちゃんは待っていた。


「ご機嫌よう、杠葉ちゃん」

 俺がそう杠葉ちゃんに挨拶すると、杠葉ちゃんはなんだか妙にぎこちなく返事をする。

「ご、ご機嫌よう……お姉様……」


「ぷっ……」

 そんな俺たちの様子を見て、華恋が噴き出す。

「なに堅苦しい挨拶してるのさ、ねぇね……杠葉ちゃんだって困ってるじゃんか」


 ……え? この挨拶って普通じゃないのか?

「学校ではみんなこんな感じで挨拶してなかった?」

「そんなの学校だけの話だよ」

「でも……常日頃から心掛けるようにって言われたし……」

「そんなの、真面目に守ってる人なんているわけないじゃん。みんな、学校の外では普通におはようって挨拶するよ」

「そうなんだ……」

「今まで私が、ねぇねにご機嫌ようなんて言ったことある?」

 た、確かに……そう言われるとないかも……。

 だから杠葉ちゃんの対応もぎこちなかったのか……。


 俺は杠葉ちゃんに向き直り、両手を合わせて謝罪する。

「ごめんね、なんだか困らせちゃったみたいで……」

 すると杠葉ちゃんは優しく微笑んだ。

「いいえ、大丈夫ですよ。むしろこんなお休みの日までしっかりしてて凄いなって思いました」

 杠葉ちゃん……天使かよ……。


「朱鳥お姉様って、海外での暮らしが長かったんですよね……? 急に日本で暮らすことになって色々大変でしょうけど、徐々に慣れていけば大丈夫だと思います!」

「あはは……そうね……」

 いやそれは……ただ単に俺が世間知らずだっただけで、むしろバリバリ日本育ちなんですが……。

 好意的に受け取ってくれるのは有難いが、疑いのない杠葉ちゃんの、透き通った眼差しが痛かった。


「まあ、取り敢えず……そういうことなら……」

 俺は仕切り直しのために、小さく咳払いをする。

「改めまして――おはよう、杠葉ちゃん」

「はい、おはようございます! 朱鳥お姉様!」


 杠葉ちゃんの元気一杯の挨拶に、なんだかちょっと癒された。

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