#7「いよいよ女子校生活が始まるようです」
「――……意外と早いものね……1週間っていうのは」
八千代さんが、感慨深げにため息をつく。
栖鳳女学院に転入をするために地獄のレッスンが始まってから、早1週間。
いつのまにか、とうとう転入当日まで来てしまった。
いつものように応接室に通された俺は、そこで理事長である八千代さんと対面していた。
「いよいよこの学校での生活が始まる訳だけど……気分はどうかしら」
……気分?
気分で言ったら、決して良いもんじゃない。
女しかいない中に男が1人だけ放り込まれるという独特の居心地の悪さ……それを俺は、ひしひしと肌で感じ取っている。
……もっとも今は、俺も女だが。
しかし、八千代さんが聞きたいのは、恐らくそういうことじゃない。
「……まぁ、上手くやるさ」
「あら、それは頼もしいことね」
八千代さんは、いかにも白々しく言う。
「ま……この1週間まじめに取り組んでいたようだし、そこまでの心配はしてないけど……でも、1つだけ覚えておいて頂戴」
「……なんだよ?」
「私が貴女に協力しているのは……利害が一致しているからなのであって、ただの親切心ではないってことよ」
「……分かってるよ」
八千代さんが俺に協力してくれているのは――父さんと不仲な俺を、天王寺家の派閥争いでこちら側に引き入れるため。つまり、八千代さんに不利益な行動は慎んだほうが良いってことだ。
「もしも貴女が学院の風紀を乱して、私が邪魔だと判断した場合は……即刻退学させることもあるから、そのつもりでね」
「風紀を乱した場合って……例えばどういう時だよ?」
「そうね……例えば――、」
八千代さんはふん、と鼻を鳴らす。
「――貴女が元男だとバレた時とかね」
……確かに。バレりゃ大騒ぎだ。
それに生徒の中に男が混じっていることが判れば、名門である栖鳳女学院の名が失墜しかねない。それは八千代さんからすれば、なんとしても避けたいことのはずだ。
「……けど、それなら問題ないな」
俺は自信たっぷりに答えた。
「あら、どうして?」
「だって今の俺は……正真正銘女だからな」
女装して潜入とかであればいざ知らず、普通に考えれば生物学上は女でしかない今の俺が、バレる理由が見当たらない。
「そうね……その自信が嘘にならないことを祈るばかりだわ。とにかく、怪しまれるような行為は慎むこと。分かった?」
「ああ……何とか頑張ってみるさ」
俺としても平穏な学院生活を送れるなら、それに越したことはないからな。
「……まあ良いわ」
八千代さんは俺の答えを聞いて、取り敢えずは納得したようだった。
「それで、朱鳥……貴女に転入してもらうクラスだけど――」
八千代さんがそこまで言ったところで、応接室の扉がコンコン、とノックされた。
「――ちょうど来たみたいね」
八千代さんは、扉の向こうの人物に向かって声を掛ける。
「どうぞ、入って良いわよ」
そこから少し遅れるようにして、ドアがきぃ、と開いた。
「失礼しまぁす……」
そう言っておずおずと入ってきたのは、ひとりの女性だった。
童顔ではあるが、ここの生徒という感じではない。たぶん大人だ。制服ではなくカジュアルフォーマルな私服を身に纏っていることからも、それは明らかだった。
恐らく、この学院の教師なのだろう。
……それにしてはその見事なまでの屁っ放り腰が、情けなさ全開だったが。
「待ってたわ、こちらにいらっしゃい」
八千代さんに促され、おっかなびっくりな様子で俺たちの元へとやってくるその女性。
「お疲れですぅ……理事長……」
そして八千代さんの顔色を伺うように挨拶した。
……いやまぁ、何となく分かるよ。
いきなり組織のトップに呼び出されたのだ。会社だったら、社長に呼び出されたみたいなものだ。その心労もひとしおだろう。
だが八千代さんはそんな彼女の様子など気にも止めず、俺に向かって言った。
「紹介するわ。この人は
なるほど……この人が担任か……。
俺はこの1週間で教わった通り、ちょうど45度の角度でお辞儀をしつつ先生に挨拶する。
「ご機嫌よう、百瀬先生――初めまして、私は天王寺朱鳥と申します」
……どうよ。この華麗な身のこなし。
我ながら会心の出来だ。
どうやら百瀬先生の心にも刺さったようで、先生は感心したように呟いた。
「はぁー、凄く礼儀正しい子ですねぇ……」
一方、八千代さんはつまらなそうに悪態をつく。
「騙されちゃダメよ、百瀬先生。この子、猫かぶってるだけだから」
おいアンタ……一体どっちの味方なんだ。
「この子……朱鳥は確かに私の姪だけど、だからといって私は、特別扱いするつもりはないの。だから百瀬先生も、厳しく指導して頂戴」
八千代さんは毅然とした態度で言い放つ。
いや八千代さん、それ逆効果だぞ。
「は、はいぃ……」
ほれ見ろ、変に萎縮してしまってガチガチになってしまっている。
「じ、じゃあ……天王寺さん……教室に案内しますね……」
「あ、はい……お願い致します」
……本当に大丈夫かな、この人。
今後の学院生活が改めて不安になってくるくらいには、頼りのない案内役だった。
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