第35話:お節介

 夕方、タクシーで自宅に向かっていると、スマホが着信を告げた。

 取り出してディスプレイを見ると、


『彩瀬タケル』


 と表示さていた。

 慌てて電話を取る。


「もしもし?」

『いおい、もう家近い?』

「あと五、六分です」

『数十秒で済む用事なんだけど、駅前辺りで会えないか? さっき言い忘れたことがある』

「オレの自宅は——」

『神谷くんが待ってる』


 息をのむ。


『大丈夫、バイク見ただけで接触はしてないから』

「……分かりました。駅前に古い純喫茶があるので——」

『いや、立ち話で充分。喫煙所にいるよ』


 そう言うと彩瀬さんは通話を終了してしまった。


 オレは運転手に方向転換を頼み、駅前のロータリーでタクシーを降りた。

 改札を出て少し歩いた所に喫煙所が有り、白い煙を平坦な煙突みたいに発している。彼はそこから少し離れた所でタバコを吸っていて、オレに気づくとすぐにタバコを処理して近寄ってきた。


「悪い悪い、都合大丈夫だった?」

「彩瀬さんのためなら」

「おまえのそういうところがダメなんだよ」


 彼は呆れたように言う。


「で、数十秒で済む用事というのは」

「リアガンの話」


 一瞬、脳内に緊張が走る。


「特に水沢タクトについて。さっきは流したけど、やっぱり気になってね。『あの三曲では計りかねる』って言ってたけど、オレには誤魔化してるように聞こえたんだ。だから本音が聞きたくて」


 足場が、ぐらつく。あの夜、ステージの上の、テレキャスを低い位置に構えた猫背の痩躯が浮かぶ。



 脅威。



「——それだけのために電話でもなく呼び出したんですか?」

「そうだよ、直接聞きたかったから」


 カジュアルに笑う彼を見て、直感した。この人はオレの声音だけではなく表情や仕草まで吟味してオレの本心を探ろうとしている。


「そうですね、曲のレンジは広いと思いました。ギタリストとしても、オリジナリティある音とプレイですし、あれで十代とは信じがたいです。やっと同レベルの仲間を見つけてこれからどう化けるか楽しみだ、というのが本音ですかね」


 当たり障りなく答えると、彩瀬さんは少し眼を細くした。


「やっぱりおまえは演技は上手いけど嘘は下手だね」

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