ママは能力者⑩ ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話

ゆうすけ

キミたちにさよなら and Good luck


 雪はいつしか雨にかわっていた。しかも吹き付けるそれは冷たい槍のスコールとなって真夜中の国道を打ち付けている。

 コンサート会場からミサたちは基地へ戦車で引き返すところだった。戦車の操縦席には、マークが座っている。マークは慣れた手つきで戦車を動かしていた。


「ねえ、ママ」


 こっそりと小さい声でメグが隣席のミサに聞いた。


「レーちゃん、どうしたの? 何があったの?」


 メグはうさ耳が戦車の低い天井につっかかるのを気にしながら耳打ちした。後部座席のさらに後ろのバゲッジゾーンで膝をかかえるレーに聞こえないようにして問う。ミサはやるせないため息を、ひとつついて答えた。


「……失ってみて始めて、大切なものを手にしたいたことに気づくこともあるってことなのです。今はそっとしておいてあげるしかできないのです」


 戦車は深夜に近い車通りのなくなった国道を淡々と走っている。その道路沿いに街灯に浮かび上がる建造物がモニタに映った。

 それは周囲の荒涼とした雪原の暗闇の中でそこだけぽつんと明るく、あまりにも浮いた存在だ。戦車がその建造物の側を行き過ぎたところで、器用に操縦していたマークが声をあげる


「あれ? 今、道端にあったの、なんだろう?」


 マークの声にメグがバックミラーを覗き込んで頷いた。


「……赤かったよね? 電話ボックス、かな? 今どき珍しい。マークは電話ボックスなんて知らないんじゃない? 私だって名前は知ってるけど使ったことほとんどないもん」


 するとミサが慌てた様子でシートに置いてあったマシンガンを掴んだ。動いている戦車の外に出ようと腰をあげる。


「ちょっとママ、どうしたの? 危ないよ」

「マーク、戦車を止めるのです!」


 そしてあっという間に戦車のハッチをあけると冷たいスコールの降りしきる戦車の装甲の上に駆け上がって行った。


「あ、ママ、どこ行くの!?」

「お前たちはここで待っているのです。これは、ママの戦いなのです!」


 ◇

 

「琴ちゃん、出てくるのです! 赤い電話ボックスに隠れているなんて、やることが昭和チックすぎるのです!」

「ふふふ。真夜中、スコール、バックミラーと来たら、赤い電話ボックスの中から二人出てくるまでがワンセット。少し季節外れだけど分かってくれると思っていたわ」


 地に響くような声で電話ボックスから黒いローブ姿の女、糸海琴いとうみ ことが後ろ手に縛られたピンクレオタードのユウを引き連れて出てきた。


「あれは夏の海岸沿いの設定なのです。ここは真冬の北国の雪原、いくらなんでも無理がありすぎなのです! 今の時代わかってもらえないのです!」

「いいのよ! そんなことは! それよりも、ミサ、この次女がどうなってもいいの?」


 糸海琴は後ろ手に縛られたユウを突き出して叫んだ。ユウはさるぐつわを噛まされて、もごもごとうごめいている。涙目になって叫ぶ姿が痛々しい。

 冷たい雨が戦車の装甲の上で仁王立ちするミサの髪を濡らしていた。雨音のホワイトノイズがあたりの暗がりを包んでいる。


「くっ、琴ちゃん、卑怯なのです。私の知っている琴ちゃんは、そんな卑怯なことをするような人ではなかったのです。ユウを放すのです!」

「なんとでも言って! 私はあなたに打ち勝つためにあらゆる努力をしてきた。無自覚に最強の魔法を使いこなすあなたを。あなたがいる限り、私はトップにはなれない。なれないのよ、永遠に!」


 糸海琴はローブをひらりとはためかせて両手を大きく広げる。


「大地の怒り、大空の嘶き、狂い咲け! 裁きのいかづち!」


 琴が詠唱すると暗い夜空から落ちてくるスコールの雨粒が、一瞬にして閃光の矢に変わった。ミサの後ろで戦車の中から出てきたメグが大急ぎでステッキをふるって声をあげる。


「ユウちゃん、あぶない! マジカル・ミラクル・リリカル・バニー! ユウちゃんを護る盾になーれ!」


 しかし、メグの詠唱は間に合わなかった。空から降ってきた光の刃は次々とユウを貫いていく。


「ーーーーっ!!!」


 ユウはさるぐつわで声にならない叫びとともにがくりと膝をついた。冷たいスコール降り注ぐ白い雪原に倒れ伏した。  


「ユウちゃん!」

「メグ、無駄なのです。琴ちゃんの魔力はメグの数倍上なのです。間に合っていたとしても防ぎきれなかったのです。下がっているのです」

「で、でも、ママ! あのままじゃユウちゃんが!」

「下がっているのです!」


 メグはミサの迫力に思わず口をつぐんで後ずさりした。


「琴ちゃん、私は魔法にはまったく興味はないと言ったはずなのです。最高魔法枢密院枢機卿の地位なんかほしくもないのです。学生時代もそうだったし、今でもいらないのです。琴ちゃんに全部あげるのです。だから、だから、すぐにユウを放すのです!」

「ミサ、私は魔法院に入ってこつこつと努力して今の地位まで登ってきた。しかし、これ以上地位を上げるにはSSクラスの魔力を持つものを従属させなければならない。分かるわね? 国内のSSクラスで従属できていないのはあと二人。メグとあなたよ!」


 言うや否や琴は両手を広げた。再びスコールの雨粒が光の矢となって降り注ぐ。それはみるみる地にささり、戦車の装甲の上で立ち上がっているミサを容赦なく切りつけていった。

 ミサはその重みのある光の矢の直撃を受けて思わず膝をつく。


「いくらでも、従属ぐらい、いくらでもしてやるのです……。だから、だから、ユウを……」


 その時、戦車のハッチからマシンガンを持ったレーとマークが飛び出してきた。


「ママ! ダメ! あんなやつに従属なんてしたらダメ!」


 光の矢が降り注ぐ中、戦車を飛び降りて赤い電話ボックスに向かって走って行く。


「レー! マーク! あぶないから出てきちゃいけないのです!」

「ママ、あいつに従属なんかしたら、いろいろ思い通りにやられちゃう! 魔法で好き勝手に道理を曲げられてしまうなんて、ボクそんな世界、嫌だ!」


 レーは裸Yシャツのパンツから手りゅう弾を取り出して琴に向かって投げつけた。マークが横っ飛びして倒れたユウを背負ってすかさず距離を取る。


「従属なんかしたら、フジコーさんが私を守ってくれた意味がない! 私はしない! 従属なんか、しないから!」


 間をおかずに手りゅう弾が炸裂して、地面の雨に濡れた雪を巻き上げた。その煙の中に黒いローブ姿の琴がゆっくりと浮かび上がる。


「ふふふふ。私に物理攻撃が効くと思って? 無駄よ、無駄。ふふふふ」


 琴はてのひらをゆっくりとレーとユウを背負ったマークに向ける。すると、見えない波動が三人を襲ってたちまち数メートル弾き飛ばされた。


「すべての物理攻撃は魔法の力で無効化される。魔法攻撃もこの私には利かない。世界は私の物よ! 決してミサのものではない! さあ、従属するといいなさい、ミサ!」

「レー、マーク、やめるのです! 琴ちゃんに歯向かっても傷一つ付けられないのです。それだけ強力な魔力なのです。ママは子どもたちが傷つくのは見たくないのです! 琴ちゃん、従属ぐらいいくらでもするから、子どもたちを傷つけないでほしいのです」


 胸を押さえてうずくまるミサは必死に声を上げる。


「ふふふふ。物わかりのいい人間は好きよ、ミサ。従属を誓えば、あなたたちの安全は保障するわ。ただし、従属の証として、長女のパンツ、次女のレオタード、三女のうさ耳、マークのシルクハットを渡しなさい。今すぐ!」


 ミサはそれを聞いてふらふらと立ち上がった。


「レー、パンツを脱ぐのです。メグはユウのレオタードを脱がせるのです。うさ耳も外して」

「あははははは! それでいいのよ、ミサ! 長いものには巻かれておくのが長生きの秘訣なのよ! あははははは! あ、そうそう。あなたはそのネックレスを服従の証として寄こすのよ!」

「こ、これは、大事なパパの形見なのです……」

「先輩のペンダント……、すぐに渡しなさい!」


 琴の一方的な命令に、ミサは迷った素振りを束の間だけ見せた。しかし、やがて諦めた表情で首の後ろに手を回した。

 レー、マーク、メグの三人が一斉に叫ぶ。


「ママ、やめて!」

「ママ、パパのペンダントを渡しちゃいけない!」



 ……つづく(ラスボス琴さん強すぎ! 次回最終回! ここまで応援ありがとうございました! )










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