KAC2022 夢の花

椎菜田くと

夢の花

「ミヒムさん、ほんとにこの花がお宝なのか?」

 エゾシカ族のシセロクがキタキツネ族のトレジャーハンターであるミヒムに問いかける。

「そのはずよ。わたしも実物を見るのははじめてだけど、事前に手に入れた情報と特徴が一致しているわ。これが、夢の花──」

 ふたりの獣人族は人里離れた森の奥にある花畑にきていた。そこはほとんど人が立ち入ることのない秘境であり、夢の花と呼ばれる希少な植物の群生地だった。

「この花の花びらからは万病に効く秘薬がつくれるらしいの。これだけの量があれば億万長者も夢じゃないわ」

「それはすげえな。でも──」シセロクが花畑を見渡して言った。「ひとつも咲いてないだよ」

 夢の花はすべてつぼみの状態であるため、花びらを収穫できそうにはなかった。

「この花は深夜のわずかなあいだしか咲かないと言われてるの。夜にしか咲かず、億万長者の夢を与えてくれる。夢の花と呼ばれるゆえんね」ミヒムは自分の寝袋を用意しはじめた。「さあ、寝るわよ。あなたも準備しなさい」

「そう言われてもなあ。こんなに明るいと眠れないだよ」

「つべこべ言ってないで、むりにでも寝なさい。花が咲くのは草木も眠る丑三つ時、真夜中なんだから。寝不足だろうと叩き起して、しっかり働いてもらうからね」

「わかっただよ。努力はしてみるだ」

 そう言って、シセロクも寝袋を広げてモゾモゾとなかに潜りこむ。それからたったの一分ほどでいびきをたてはじめた。

「明るいと眠れない、ねえ。うるさくてこっちのほうが眠れなくなるわ」

 ミヒムはシセロクのいびきが聞こえなくなるまで距離を置く。そして、寝袋に入って数分も経たないうちに眠りに落ちた。


       ○


 鳥のさえずりとあたたかな陽射し。森におだやかな朝がおとずれた。

「ん……朝? しまった! 寝過ごした!」

 目を覚ましたミヒムは寝袋から飛び出し、シセロクを文字通り叩き起こす。

「はやく起きなさい! 今日のチャンスをのがすと、次に咲くのは二十年後なのよ!」

 ほほをペシペシと叩いてもシセロクは一向に起きない。ミヒムはシセロク起こしをあきらめてひとりで採集しようとするが、すでに手遅れだった。

「全部しおれてるわ……元気なうちに特殊な薬液に漬けて保存しなくちゃいけなかったのに……」

 ミヒムはがっくりと肩を落とす。

「それにしても、わたしが寝過ごすなんてありえないわ。しかもこんな大事なときに寝坊するなんて、いままで一度もなかったのに」

 強い風とともに夢の花びらが舞い上がった。

「億万長者の夢が、儚く散ってゆくわ……」


       ○


「はっ」と、目を覚ましたミヒムが寝袋にくるまったまま身を起こす。「──いまのは、夢だったの?」

 あたりは真っ暗で、ざわざわと風に揺れる木の葉の音だけが聞こえている。

「そうだ、夢の花は!」

 ミヒムは寝袋から出て花を確認する。咲き誇る花々は、月の光を受けてキラキラと輝いているようにさえ見えた。

「よかった、間に合ったわ! 急いで採集しないと。まずはあいつを起こして──ん?」

 シセロクを起こそうとしたミヒムは、花畑にたたずむ人影を見つける。頭には枝分かれした二本の角。間違いなくシセロクだった。

「あんなところでなにを……」

 ミヒムが声をかけようとしたところ、いきなりシセロクが花をむしり取って食べはじめた。むしっては食べ、むしっては食べ。次々に丸のみにしていく。

「ちょっと、なに寝ぼけてんのよ! わたしのお宝を食べるんじゃない!」


       ○

「はっ!」と、ミヒムは勢いよく飛び起きた。「──また夢なの?」

 寝袋から出たミヒムは周囲の様子を調べてみる。まだ日は昇っておらず、花は咲いている。しかし、シセロクの姿がどこにも見当たらなかった。

「いったいどこへ……まあ、いいわ」

 とりあえず花を採集しようとするミヒムの耳に、ズシンズシンという音が聞こえてきた。音はだんだんと大きくなり、それとともに地面が揺れはじめた。

「こんどはなんなの……」

 警戒するミヒムのまえに、森のなかから巨大なシセロクがあらわれた。

「──は?」

 シセロク型怪獣は周囲の木々の三倍もの身長があり、邪魔な木々を軽々なぎ倒しながら花畑にやってきた。そして、そのまま夢の花を踏みつぶしていく。

「悪夢だわ。でもどうしてこんな夢ばかり……」

 ミヒムはあごに手を当てて考え込む。最初の夢は花がしおれ、次は花を食われる。そしていまは花を踏み潰されている。すべて花の採集が失敗に終わる夢だった。

「まるで花を摘まれまいとしているような……まさか、これは夢の花が見せているのかしら? 自衛のために毒を持つ生き物がいるように、この花は外敵に悪夢を見せて身を守る……だから、夢の花……」

 ミヒムの仮説は的を射たものだった。夢の花は香りによって外敵を眠らせ、悪夢を見せることができた。そして、外敵が目覚めるころには受粉が終わっていて、花びらはしおれて薬効を失ってしまう。

「それで、いつになったらこの悪夢は終わるのかしら……」

 あきらめて立ち尽くすミヒム。巨大シセロク怪獣は火を噴いて暴れ続けている。

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