真夜中の窓の向こう

イノナかノかワズ

真夜中の窓の向こう

 ある日、私の前のその窓は現れた。

 

 失恋だったか、夜中までずっと泣いていた。机に突っ伏し泣いていた。

 そしてふと顔を上げた瞬間、ちょうど机の前にあった窓は閑散とした夜を映して、いなかった。


 そこに映っていたのは死だ。


 どこの国かもわからない。

 そこがそもそも地球なのかもわからない。


 けど、銃を持った人間とそうでない人間がいて争っていた。

 

 私は気持ち悪くなった。カーテンを閉めようと思ったが、なぜかカーテンは動かず、なら窓を開けようかと思ったのに窓は開かない。

 目を瞑ろうとしたけど、決してその光景からは目を離すことはできなかった。


 そしてそれは夜中の十二時半を過ぎたくらいで消え去り、ようやく私はその場から動くことができた。

 その日の事は夢だと思うことにした。


 けど。


 次の日も私は夜中まで起きていた。

 明日提出の課題をやり忘れ、必死になってやっていたのだ。

 そして夜中の十二時近くになってふと顔を上げたとき、目の前の窓は閑散とした夜を映して、いなかった。


 そこに映っていたのはスケートをする小学生くらいの少女だった。

 試合ではない。練習だ。

 途中途中時間が跳んだり、倍速で流れていくが、それでもそれは練習だった。


 いつもテレビで見ているような華やかさは一切なく、泥臭く汗臭く必死にスケーティングをして、跳んで、スケーティングをして。

 何度も転び、何度も降りて、泣いて、挫けて、それでも強い執念をたたえながら藻掻く小学生たちがいた。


 いや、小学生たちだけではない。

 その親御さんやコーチといった大人も夜中のリングを貸し切ってまでその子に付き添い、ケアし、支えていた。


 昨日とは違う思いを抱いた。

 そして十二時半くらいになったら、それがプツリと切れた。

 たった三十分近くだったのに、それは数年分の濃密さがあった。


 次の日も私は夜中まで起きていた。

 今日、教授から受け取った本の最初の章に対して考察しなければならないのだ。

 パラリパラリとページをめくり、一章を読み終わったところでふと顔を上げた。ちょうど夜中の十二時になる前だった。


 また、目の前の窓は閑散とした夜を映して、いなかった。


 そこに映っていたのは、私の国の政治家だった。

 つい最近、売国奴とまでののしられていた政治家だった。


 たぶん、その政治家の過去だったのだろう。

 私は政治家が生まれながらに裕福だと思っていたし、恵まれていると思っていた。

 けど、その人は違かった。


 貧乏で馬鹿にされ、公共機関からもろくに補助も支援もされない。

 それでも必死に国を変えようとしたその人は、国を守るためにヒールとなって散っていた。

 

 そういうその人の過去を見た。

 そして十二時半になってその映像はプツリと切れた。


 次の日、私は何もなかったけど起きていた。

 その映像を見るためだ。


 そこには、幸せな一生が映されていた。

 愛され、愛し、健やかにのびやかに成長し、挫折し、立ち上がり、友がいて、仲間がいて、家族がいて、子を作り、子を愛し、未来を愛し、一生を終えた一人の人間が映されていた。


 幸せな部分がとても多かった。

 その人とその周りには常に笑顔が溢れていた。


 次の日、私は何もなかったけど起きていた。


 そこには絶望の一生が映されていた。

 生まれて三年近くで、下の子の世話をし、親に手作業をさせられ、水を汲みに行く。

 学校には行けず、ずっと親の言いなりになりながら物を作り、売り、わずかな食料を食べる。


 最終的に何かの拍子でその家を飛び出したけれど、途中で肉食動物に食べられる、という瞬間で映像は切れた。


 次の日、そこには私が映っていた。

 二十年という私の過去が映っていた。


 そして、最後に今の私の顔を映し、映像は途切れた。


 真夜中の窓の向こうには閑散とした夜が映っていた。

 




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