思い重ねる記憶の音に

川清優樹

思い重ねる記憶の音に

 真夜中の高速道路を走る。車窓を流れる景色は時々すれ違う車のライトと道路照明、そして月華以外は真っ暗だ。


 この辺りでは一番栄えてる市の外郭にあるインターチェンジにほど近い大きなサービスエリアを出、そこから暫くすると入る今通過中の山間エリアにはほとんど人家がない。ハイウェイの下を並行するようにして通っている路線も日付変更に近づく随分と前に終電を過ぎており、乗客を乗せて走る電車は朝までお休みだ。


 今住んでいる所から田舎への帰り道。首都圏近辺の渋滞が読めない事から連休初日の出発を避けて前日の夕方に出たもののやはり遠い。休憩や交代をしながら安全運転で進んでいるとどうしてもこんな時間になってしまう。


 短いトンネル、カーブ、そしてまたトンネル。この先道なりですのナビの案内が随分と長く続いている。自分の生まれ育った小さな町まではあと少しだ。


「当たり前だけど、結構走ったな……」


 しかし丑三つ時に実家のドアを叩く訳にはいかない。予定通り高速からは目的地二つ前のインターで降りてそこの道の駅にある銭湯施設で朝を待とう。


 カーラジオからの道路交通状況はずっと同じ情報をループしていた。明日だったらこうはいかなかっただろう。


 少し気分を変える為にFMの自動チューニングに。


『……と、FM……が午前0時をお知らせします……』


 ちょうど日付が変わるタイミングだったらしい。少しのノイズ混じりにご当地FMとそのスポンサーによる時報が流れて――。


『こんばんはみなさん、週末お休み前の少しの夜更かしラジオミッドナイトタイム。木金担当の私、古宮晶子が……』


「お」


 聞き覚えのあるタイトルコールだった。懐かしい……まだやっていたのかこの番組。流石にDJは代替わりしていて記憶の中の声とは違ったが、続いている事に不思議な感慨がわいてきた。


 この番組は、自分の夜の友の一つだった。勉強している時の気晴らしに、そして進学で入寮の為に上京する時の深夜バスの中でもイヤホンで聴いていたっけな。


 ……そうか、これは故郷から離れる時の音だったのか。


 ラジオアプリで聴こうと思えば聴けたのだろうが、そもそもラジオというもの自体疎遠になっていた。


 引き出されればすぐに思い出す記憶というのも、そのきっかけがなければどうにでもなるものではない。


 運転に集中しつつも少しだけ耳は流れてくるラジオに意識を向ける。


『いよいよ連休ですね。皆さま、この時間をどう過ごされますか?』


 そして横目で助手席をちらりと。そこには少し前から寝息を立てていた大切な人の姿。先ほどまでと音の調子が変わった事で起こしてしまわない様に、ラジオのボリュームを一目盛り下げる。 


『教えてもらえたら嬉しいです、公式サイトのお便りフォームから……』


 これはひとり巣立つ時の音だった。でも――。


『それでは今日まずお届けするのはこの曲から……』


 今からはふたりではじめて帰る時に聴いていた音に、記憶は変わっていきそうだ。


「……さて、と」


 流れる表示に目的とするインターと、その先の故郷の名までの距離も見えた。


「あと……少しだな」


 車が走り続けるのは深更の高速道路の夜。その月明かりの伸ばす影に、思い出の音と自分の歩いてきた時をも乗せて。


 

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思い重ねる記憶の音に 川清優樹 @Yuuki_Kawakiyo

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