第12話 12合目

俺とモルテは冒険者ギルドの建物を出るとゲイルのおっさんと別れ、紹介してもらったシエルハ登山道具店へと向かっていた。


おっさんは宿屋の仕事があるからということで先ほど別れたばかりである。


ギルドでは冒険者登録のあと正式におっさんからエルク草の採取依頼を受けている。成功報酬は金貨100枚とのことだ。


まあ、正直なところ報酬としてはけっこう安い。どんな病気でも治す薬草の対価だとすれば桁が一つ足りないくらいだろう。現におっさん自身も、低い額しか出せなくてすまねえ、と謝罪を受けた。ただ、その代わり、今後宿にはいつでも無料で泊めてくれるのだそうだ。また食事ただで出してくれるとのことだ。


おっさんからは、それでも本当なら全く釣り合わねえんだが・・・と、すまなさそうに頭を下げられた。だが実を言えば、俺は内心ラッキー! と非常に喜んでいたのだった。


何せ転生してきたばかりの俺たちの身分はと言えば、完全な根無し草の不審者である。お金だって金貨10枚しか持っていない様な状況なのである。それが、一気に屋根のある環境とご飯が食べられる権利が与えられたのである。これは思わぬ大出世! すごく喜ぶべき状況だろう。


まあ、この街にいつまでいるかわからないので、実際にはどれくらいゲイルさんの宿屋を利用させてもらうのかは分からないが、当面の俺たちの冒険の拠点・・・異世界での居場所ができたのだ。まずは満足するべきだろう。


そんなわけで俺は提示された条件で依頼を受けることにした。おっさんが最後まで頭を下げていたが、照れくさいのでさっさと宿へと追い返した。前世でまったく人と交流しなかった俺は、純粋に感謝されたり礼を言われたりするのが苦手なのである。


さて、ゲイルのおっさんと別れた俺たちは、受付嬢のアリシアさんが書いてくれた地図を参考に、シエルハ登山道具店へテクテクと歩いていた。


「ところで、モルテは登山についてどれくらい知っているんだ?」


俺は隣を歩く銀髪幼女に質問する。


すると彼女は、そうじゃのう、と答えた。


「これでも神の一柱(ひとはしら)なのでなあ。とりあえず基本的なことは出来るはずじゃよ? ただの、現界した影響で色々弱体化しておるからのう。死ぬかもしれない崖上りアルパインクライミングには、精々慎重に取り組むべきじゃろうなあ」


俺はモルテの返事を聞くと、思わず頭をなでなでとする。


「な、なんじゃよー、いきなり」


急に頭を撫でられてくすぐったかったのか、顔を真っ赤にして抗議の声を上げてくる。


「いや悪い悪い。パートナーのモルテがちゃんと山の怖さを理解してくれている事が分かって嬉しかったんだよ。モルテの言う通り、いくら登山技術が優れていても相手にするのは自然そのものだからな。油断していたら一度たりとも登頂することはできないだろう。生半可な気持ちで勝てるほど山は甘くないんだ」


俺の言葉にモルテはなぜかポカンとした顔をする。


「ん? どうかしたのか?」


「い、いや。な、何だかコーイチローが逞しいなあ、と思ってのう」


そう言ってモルテはなぜか上目遣いに俺の方をチラチラと見る。顔が真っ赤なのは恐らく俺が似合わない熱い事を言ったからだろう。


確かにイメージと違ったかもしれない。引かれてしまったかな? まあ、いいさ。俺の正直な気持ちだし。


「まあな。前にも言ったろう? 小さいころから山が好きなんだよ。前世でも一人でよく山行(さんこう)したなあ」


「確かにそうじゃったな。じゃが、そもそもコーイチローは余り体が強くなかったから、満足に登山ができんかったのではないのか? それでスペックの強化を願ったのかと思っておったが・・・。ふむ、じゃが確かにそれにしては登山への造詣がかなり深いようじゃな・・・」


彼女の言葉に、ああ、そういうことか、と俺は納得する。


「ああ、それで間違いない。ただ、ちょっとだけ誤解があったみたいだな。確かに俺は体力がなくて登山口の時点でヘロヘロになっていたが、山小屋なり、テントで休憩するなりして数日掛かりではあったが山には登っていたんだ」


「へ?」


「良くやってたのは積雪期のクライミング崖上りだな。100mの氷壁を数日がかりで登攀したこともあるんだぞ」


「う、嘘じゃろ? わしも転生させた手前、前世のコーイチローの体力がどんな物かは知っておるが、下手すれば・・・いや、間違いなく死ぬはずじゃぞ?」


「そうか? 確かに死の氷壁デス・ハングとか、人食い崖スーサイド・スラブとか呼ばれてた所も登ったが、周りが言う程大変じゃなかったけどなあ。俺ってどこをどう攻めれば良いか、何となく分かるんだよな。体力がなくても、うまくビバーク一時的なテント休憩を挟めば何とかなるんだ。うまく岩の巨大なでっぱりオーバーハングを見付けて、その下でビレイ壁に固定することを取れば安心だしな」


「いやいやいや。お主は一体何を言っておるのじゃ? そ、そうか、パートナーがいたのじゃな? そなたは下でロープを送る側ビレイヤーだったということかの? まあ、それでも信じられんが、リードクライマー先に上る人よりは多少マシじゃからの」


「いや、残念ながら俺には前世で友人と呼べる人間は一人もいなかったからなあ。だから、もちろんパートナーを組んでくれる様な奴いなかった」


「・・・」


「・・・」


「・・・で、では本当に高低差100mのアイスクライミングなどしておったのか? しかも一人単独行で?」


俺があっさりと頷くと、モルテが大きくため息を吐いた。ううむ、なぜだ?


「本当にとんでもないのう。ん? じゃが、そのことは山岳連盟に報告しておらんかったのか? けっこうな記録じゃと思うから、周りが騒いだのではないか?」


「あー、一度報告したことがあるんだが信じてもらえなくてな。それ以来、山の散歩トレッキングだと言う様にしていたんだ」


「なんじゃよ、それ!」


モルテは銀髪を逆立てて自分のことのようにプリプリと怒ってくれる。


「いや、別に人に褒めてもらうために登っていた訳じゃあないからな。別にそんなことは良いんだ。それよりも、モルテが俺のために怒ってくれたのが嬉しかったよ。前世ではそんな人はいなかったからなあ」


俺がそう言ってモルテの綺麗な銀髪を撫でると、彼女は顔を真っ赤にしながらも、にっこりと微笑んだ。


「当然じゃよ! わしは初めてのコーイチローのパートナーなんじゃからのう!!」


そう言って俺と手をつなごうと腕を伸ばしてくる。


俺も手を伸ばそうとする。


・・・と、ちょうどその時であった!


「キュウン!」


そんな鳴き声とともに正体不明の物体が俺の胸元へと飛び込んで来たのである。なんだなんだ!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る