第11話 11合目

「お待たせしましたあ、コレなんかどーでしょうか?」


そう言ってカウンターの上に水晶玉を載せる。はて、これでどうしろというのだろう? 占いでもするのか?


だが、ゲイルさんは納得した様子で頷く。


「ほう、魔力計測器か、名案だな。まあ、嬢ちゃんは腕力があるようには見えねえから、きっと魔力の方面が優れてるんだろう。その力を計測して、そうだなあ、Cランクの魔力がありゃあ合格としよう。今は完全な透明だが、この色が黒に近づくほど魔力が高いと言われているんだ。Cランクなら、まあ、灰色になりゃ合格だな。だいたい、ウォータやファイヤなんかの基本魔術がある程度自由に使用できるレベルだ」


なるほど。魔力を測定するアイテムってわけか。すでに彼女が魔法を使っているところを俺は見ている。アリシアさん、ナイス提案だ。


そう思ってモルテの方を見る。しかし、反対にモルテは釈然としない表情でブツブツと言っていた。注意して耳を傾けていると、


「ふうむ、魔力は現界する際にほとんど失ってしもうたから、むしろ腕力とか体力のほうが自信があるんじゃがなあ・・・。まあ見た目からそう思っても仕方ないかのう。ウォータやファイヤくらいならば余裕じゃし、ここは良い提案じゃと思っておくことにしよう」


などとつぶやいている。へえ、腕力の方に自信があったのか。


これは良い情報だな。何せ山に一緒に登るなら、そのパートナーに腕力や体力があることが必須だからだ。


「おう、コウイチロウ、どうしやがったボーっとして。さっさと試験を始めるぜ?」


俺が内心でそんなことを考えていると、ゲイルのおっさんの声が聞こえてきた。おっと、今は試験に集中しなければ。まあ、受けるのはモルテだが。


「じゃ、モルテちゃん。この水晶に手を載せてくれるー? 背が届かないようなら椅子に立ってもいいわよ?」


アリシアさんに進められたとおり、モルテは椅子の上に立ち上がると、その可愛らしい手を水晶の上に載せた。


その瞬間、透明だった水晶の色がたちまち変わり始めて、ほんの数秒で黒に近い灰色になってしまう。


「ばっ、馬鹿な、ほとんど黒色じゃねーか!?」


「ありえないわあ・・・。これだけの色が出せるならBクラスよー? まあ、黒色はさすがに無理だったみたいだけどー・・・」


遠巻きに魔力測定を見ていた冒険者たちも、その結果に驚きを隠せないようでザワザワと騒がしい。


一方のモルテを見れば落ち着いたもので、「うーん、やはりほとんど魔力はなくなってしもうとるのー・・・」と、逆に残念そうにぼやいていた。


ふうむ、神様をやっていた時の魔力は一体いかほどだっただろうか。まったくすごいパートナーを持ったものだ。


前世の俺には仲間どころか友達一人いなかったわけで、だから俺を助けてくれる存在など誰もいなかった。もちろん家族含めてだ。それが今や、彼女のような頼もしい女の子が味方なのである。しかも可愛いと来ているのだから、人生って分からん・・・。


と、そんな風に俺が感慨にふけっていると、肩をトントンと叩かれた。


なんだ? と思ってその主の方を見れば、試験を終えて晴れて冒険者になることが決まったモルテであった。うん、何か用か?


「のう、コーイチローもやってみてはどうじゃ? 無論、魔法自体はまだ教えておらんから使う事はできんじゃろうが、魔力だけならば計測できるじゃろう? どのくらいのレベルにあるかわしも把握しておきたいしのう」


確かに、俺がどれくらい魔力とやらを持っているか調べておくことは重要だろう。まだモルテに教えてもらった魔法は身体強化だけだが、今後、彼女には色々と教えてもらわないといけない。そのためにも自分がどれくらいのレベルにあるのかは知っておかなくてはいけないだろう。


「分かったよ、モルテ。えっと、アリシアさん、俺もやっていいですか?」


「もちろんよー。冒険者の実力はギルドとしても把握しておきたいわー」


アリシアさんはそう言うと水晶を2回コンコンとノックする。すると、灰色になっていた水晶が再び透明な状態に戻った。なるほど便利なものだ。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


俺は右手を水晶の上に置く。


・・・・・・・・・だが、まったくウンともスンとも言わない。


うーむ、どうやら俺には魔力はないらしいな。残念!


「すみません、どうやら俺には魔力はないらしいです。期待してもらったのにすみません」


「あらあら、別に珍しいことじゃないわー。あなたには賞金首アーレンを倒した腕前があるんだから。自信を持っていいのよー?」


「ありがとうございます。頑張ります。あ、でも安心してください。大層な魔法は今後も使えるようになることはないでしょうが、身体強化の魔法くらいは使えますからね」


「えっ?」「はっ?」


俺が身体強化の魔法が使えることを言うと、アリシアさんとゲイルのおっさんは驚いた表情でこちらを見てきた。えっ、なんでだ?


「ちょっと待てよ、コウイチロウ。お前、魔法が使えるのか? 魔力がないのに?」


ん? ああ、言われてみれば確かにおかしいな。どういうことだ?


「本当ですね、どういうことだろう。俺にもよくわかりません」


うーん、もしかして~? とアリシアさんがブツブツと言っている。


「まさか、そんなことあるわけないわよねえ?」


「おい、どうしたんだよ、アリシア。理由が何なのか分かったのか?」


「ううん。ちょっと馬鹿なことを思いついただけよお。・・・でも、いちおう試してみるべきかしらぁ。ね、モルテちゃん、もう一回水晶に手を触れてみてもらえるー?」


「分かったのじゃ」


モルテは素直に水晶に手を乗せる。


・・・あれ? おかしいぞ?


不思議なことに水晶の色が一切変わらないのである。おかしいな、さっきモルテが触ったときはちゃんと変色したっていうのに。


「ああん、どうしたんだ? 今回は変わらねえじゃねーか」


ゲイルのおっさんも眉根を寄せて不思議そうにつぶやく。


だが、アリシアさんの様子がおかしかった。なぜか俯いてプルプルと身体を震わせているのだ。なんだか怖いぞ!


「えっと、アリシアさん、どうしたん・・・」


俺がさすがに心配になって声を掛けようとした時であった。


「壊れっちゃってるう!」


ガバリ、とアリシアさんは顔を上げると涙目で絶叫した。そして、(この世界にはないだろうが)壊れたTVを叩いて直す時の要領よろしく、水晶をその手のひらでペシペシと叩き始めるのであった。


「お、おい、アリシア、そんなことしたら壊れちまうぞ? それめちゃくちゃ高いんだろう? 王国支給品だから壊した始末書もんに・・・」


「わかってるわよう! だからこうして直そうとしてるのー! でも、もう壊れちゃってるのよー、もー、コーイチロー君のせいなんだからー!!」


メソメソとするアリシアさん。だが聞き捨てならないセリフが聞こえたような。


「えっと、俺のせいですか?」


そうよー、とアリシアさんは言った。


「過剰魔力を流したのが原因ねー。もちろん事前に説明しなかった私の落ち度なんだけどー・・・。ううー、でも予測しろって方が無理よー。確かに、魔力計測器には限界計測レベルが存在するけどお、それってAクラスまでは測定できるのよお? それを超えるなんて思わないじゃなーい!」


そんなに簡単に壊れるものじゃないのよお・・・、とアリシアさんは肩を落としながら言った。


「お、おい、アリシア本当かよ? だとしたらコウイチロウの魔力はAクラスを超えるってのか!?」


そうなるわねえ、とアリシアさんは答える。


「S級冒険者と同じ魔力を持ってるってことよねー。今の時代だと、10人もいないんじゃないかしらー? 有名なのは、隣国ワークルブラウンの魔導姫様に、それから勇者ってところかしらねえ」


「まじかよ。おい、すげえじゃねえかコウイチロウ! てめえ、色々な実力を隠してやがるみたいだな!」


「あ、いやいや! ちょっと待ってください」


俺は思わず否定する。


いや、何も照れて否定していたり、謙遜してるわけじゃない。これは真面目に否定しておかなくてはならないと思ったのだ。確かに、褒められるのは気分が良いし、魔法の素養がありそうなことも分かったのは朗報だ。けれど、それはまだ才能があるかもしれない、っていうだけの話で、実際に使用できる“実力”にまで昇華されているわけではない。いい気になっていては足元をすくわれかねないのだ。


「俺はまだまだ魔法は修業中の身なんですよ。モルテに習い始めたばかりで、ファイヤだって使えやしません。だから、魔力が高いからって変に持ち上げないで欲しいんです。冒険者は危険な仕事だと思いますから、実力に見合わない評価は、俺やモルテ、それにこれから俺に関わる人たちをイタズラに危険にさらすことにもつながりかねませんからね」


俺がはっきりそう言うと、興奮した様子だったゲイルのおっさんポカンとした表情になった。うーん、さすがに気分を害しちゃったかな?


だが、おっさんは直ぐに感心した様子で唸り始めた。


「おめえ本当に何者なんだよ。それぐらいの歳なら、褒められりゃあ良い気になっちまうもんなのになあ。へ、末恐ろしいやつだぜ。だが、俺の目も捨てたもんじゃねえことが証明されたな。今回の依頼、やはりコウイチロウに頼むことにして正解だったようだ。改めて、よろしく頼むぜ」


そう言って手を差し出してくる。


見た目も、やることも暑苦しいおっさんだなあ。まあ、俺みたいなやつでも信頼してくれているってことだろう。前世では誰の信頼も得られなかった俺だ。こうやって頼ってくれるのは正直嬉しいもんだ。


俺は若干気恥ずかしく思いながらもガッシリとしたおっさんの手を握った。凄まじい力を感じたので俺も力強く握り返す。


「ふっ、やはりすげえ力だな。見た目とは全然違う」


「何がです?」


「いや、なあに。俺が握手して普通に握り返してこれる奴は少ねえっていう話さ」


「?」


どういうことだろうか? 握手には握手で返すのが当たり前だろうに。俺はよく分からずに首をかしげる。


「のうコーイチロー、それで次はどうするのじゃ?」


疑問符を頭の上に浮かべている俺に、モルテが声をかけてきた。


ああ、そうだな。これ以上ギルドにいても仕方ない。


「冒険者登録は済んだし、おっさんの依頼をまずは受けるとしよう。そのあとは色々とアイテムを買い込む必要がある。特に今回は雪山を行くことになるから念入りに準備が必要だ。アリシアさん、どこに行けば登山道具が手に入れられますかね?」


「んー、そうねー。やっぱりアソコですかねー。今、地図を書きますねー?」


彼女はインクでさらさらと地図を書いてゆく。うまいものですぐに完成した。


どうぞー、と渡してくるアリシアさんに俺はお礼を言う。


「ありがとうございます。ところで、このお店の名前は何て言うんですか?」


「シエルハ登山道具店ですよー」

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