第6話 ジョニーはクエストを受ける

 客間に行くと、優雅にお茶を飲みながらソファに腰掛けて借金取りがくつろぎながら待っていた。

 俺に気づいて笑顔で俺を迎え入れる。


「いやはや、どうやら兄妹の交流は盛り上がったようですね!」

「……まあ、盛り上がったというかなんというか……さっきのノック、誰だったんですか」


 借金取りが動いた形跡はない。一体誰がノックをしたのだろうか。

 使用人をまだ雇っているのなら、一度も見ていないというのは不自然だし。


「ああ、私の部下ですよ。妹さんのお世話もお願いしています」

「そりゃありがとうございます……そういえば、俺の両親とティータはあんまり面識がないんですか? なんか話を聞いてて、そんな印象を受けましたけど」

「そうですね。まあ、その時には私からの借金以外にも抱えて色々と大変そうでしたからねぇ。まあ、それ以外の事情があるかもしれませんが私にはあずかり知らぬ事情ではありますので」


 にこやかにそういう借金取り。

 ……情報は知っているかもしれないが、それはどうでも良いと切り捨てている感じだな。聞いても詳しい話は返ってこないだろう。


「……ところで、体が弱いって事は治療の必要があるんでしょうけど。医者は?」

「こちらで手配してますよ。お抱えの医師には引き続き診てもらっていますし、調子も決して悪くはないようです」

「そりゃ良かった」

「ええ、売約した客先で突然死なんて笑い話になりませんからね。健康の価値というのは大事ですよ」


 あっはっはと笑う借金取り。借金取りをしていると、ジョークと不謹慎の境目が狂うのか? とドン引きしてしまう。


「……妹は懐いているのに、よくそんなこと言えますね」

「それとこれは別ですよ。情はありますが、豚を育ててる人間は豚を肉にするのに躊躇いなんてありませんよね?」


 ……この話はやめておこう。気分が悪くなる。人が良さそうに見えて非合法を生業にしている借金取りなのだ。

 さて、それよりもだ。


「それで、今日はどんな話に来たんですか?」

「ああ、詳しい内容を決めようかと思いまして。期限だけは決定しましたが、返済する際の金額を確認していましたからね。もっと早く音を上げる場合を想定して内容を詰めるのは後からにしているんですよ」

「……それで、期限までに返済する金額は幾らくらいで?」

「そうですね。10万ゴルドが最低ラインです。この金額を出せなければ、身売りですね」


 提示された金額は、おおよそ安定している中堅冒険者が一月で稼ぐ金額だ。なお、装備や道具などの金は含めていない。

 この金額を返済できないのなら、今後の損得の勘定で俺の返済は無理と判断されるのだろう……良かった。本当に良かった。下手に他の冒険者を仲間にしていたら報酬の折半などで夢もまた夢になっていた。新人冒険者の稼ぐ金額など、調子が良くてもその10分の1が関の山だからだ。

 物価の違いを感じながら、それでなお莫大な借金を残した両親が何に使ったのか……気になるような、もう関わらないで欲しいような。


「……分かりました。一月後までにその金額を返します」

「覚悟は決まっているようで。良いことですね。私も珍しいことなのですが、貴方には返済を期待していますよ」


 にこやかにそういう借金取り。そういいつつ緩和してくれるというフレーズが一切出ない当たり、一銭も待ってくれなさそうだ。


「連絡が取りたければ、こちらの屋敷にいる私の部下に声をかけていただければ連絡は取れますので。屋敷の中で呼べばすぐに出てきますよ」

「ああ、ティータの面倒を見ているという……ところで、その費用ってどうなっていますか?」


 まさか借金に上乗せされるのか? と考えて聞いてみる。

 今更ではあるが、それでもあるとないでは大きな違いなのだ。


「いえいえ、貴重な商品になるかもしれませんからね、これくらいは必要経費ということでおまけにしておきますよ」

「……そりゃ助かります」

「優秀な部下ですからねぇ。情にも流されず、家事炊事から戦闘までなんでもござれの自慢の部下ですよ」


 ……つまり、連れて逃げ出すような真似は無理だということか。

 こんな小さな会話でも、逃げようと思うなよと釘を刺されるのだった。



 ――次の日。屋敷で一眠りしてから冒険者ギルドへとやってくる。

 今日の目当ては冒険者だが安定した金額が欲しい。そんな時に頼れるものだ。

 それは、受付の横に備え付けられたいくつもの張り紙を貼り付けている巨大なボードだ。張っている紙の内容は、魔石の調達からダンジョン調査のための護衛や生態調査。変わり種で言えば、ダンジョン内での実験の手伝いなんてものもある。

 ダンジョンという危険地帯は、地上とは違うルールで動いている。つまり、知識欲を満たすための宝庫であるとも言える。実利も出る事が多いとなれば、それだけ金を払おうという動きもあるのだ。


(とはいえ、今のところ良い依頼はないなぁ……この依頼は人数が足りないか。これは無理……人体実験か……治験みたいなものか? ……駄目だな。バレたらなんか言われる)


 色々と見ているが、やはりちょうど良い依頼は見つからない。ワリの良い依頼は持って行かれる事が殆どだ。

 周囲に居る同じような冒険者のワイワイとした喧噪は心地良いが……まあ、それを素直に楽しめない状況が悲しくなってくる。

 いや、大丈夫だ。俺にはスライムとフェアリーが居てくれる。寂しくないさ。

 そんな風に自分を慰めていると、他の冒険者たちの雑談が耳に入ってくる。


「あの依頼はどうかな?」

「いや、アレはやめときなって。罠依頼だぜ」

「罠依頼?」

「理由があって張られてるけど、実際は推奨されない依頼って奴だよ。受付嬢ですら、ちゃんと念押しして死んでも良いか確認を取るようなクソ依頼だぜ」


 ……本当に寂しくないからな。

 そんな風に心の中で言い訳しながら、気になったその依頼を見てみる。


(……おお!?)


 先ほど言っていた罠依頼という期間限定の依頼書。

 冒険者ギルドが依頼主になっているその依頼。報酬の金額はというと……


(8万ゴルド……!? これなら10万に届く算段がつく……!)


 ここのボードは初心者向けであるので金額はどれも控えめだ。しかし、その中でも金額は飛び抜けて高い。

 しかし、こんな初心者向けの依頼の中でこの金額……一体どんな依頼内容なんだ?


「……初心者ダンジョンの核を回収?」


 条件は、初心者ダンジョンの最奥を踏破していることか。

 ……依頼の紙を取って、受付嬢さんのところに。


「あ、いらっしゃいませ召喚術士さん! 今日はどうされました?」

「この依頼について聞きたいんですけど……あと、アレイです」


 名前をアピールしながら紙を見せる。その内容を見て納得しながら答える。


「ああ、この依頼ですね。今って冒険者ギルドが管理している3つのダンジョンを変更する時期なんですよね。それで、ダンジョンの核を一度回収して封鎖するんです」

「ダンジョン変更……そういえば、そんな話がありましたね」

「ええ。同じダンジョンを使い続けていると魔力が枯渇してダンジョンが消えちゃう事もあるんですよね。だから、ダンジョンが回復する時間を放置出来るように核を回収してしまうんですよ。核を失う場合に限って、消滅させずにダンジョンを弱らせる事が出来るので」


 聞いてみたら、どうやらダンジョンを弱らせる裏技らしい。核を破壊すればダンジョンは消滅する。しかし、核を破壊せずにダンジョンの外へと持ち出す場合にダンジョンが擬似的に核を作って再生するらしいのだ。

 この世界におけるダンジョンの不思議な仕組みを聞きながら、ダンジョンの最奥まで行くことの報酬がやけに高いことについて聞いてみる。


「それだけなら、すぐにこの金額だと依頼はすぐに達成されるんじゃ……」

「そうも行かないんですよね。というのも、核を取られると奪った対象に向かって全ての階層の魔物が寄ってきてしまうんですよね」

「……つまり、帰り道の方が地獄だと?」

「ええ、その通りです。ダンジョンの心臓であり脳ですからねー、核っていうのは。ボスを倒して、その後に疲弊した状態でダンジョンから襲いかかってくるモンスターから逃げ切るっていう難しい依頼なんですよ。難易度は下手な中級者ダンジョンより高いんですよね」


 確かにそりゃそうだ。冒険者というのは準備をしてしっかりと対策をした上で潜っている。

 しかし、モンスターが場所もルールも度外視で全戦力が自分に殺到してくるならそりゃ難易度が高いに決まっている。むしろ、この報酬が安すぎる疑惑まで出てきたくらいだ。


「初心者向けダンジョンで階層も1階層だけなので、チャンスはあるけども無謀に挑まれても困るのでこの報酬というわけです。期限まで達成できなければ、この数倍の金額で銀等級の冒険者に直接依頼することになるんですよねー」

「……なるほど」


 安く上げたい冒険者ギルド。多少安くても金が欲しい初心者冒険者たち。需要と供給という訳か。

 ……まあ、背に腹は代えられない俺には選択肢がないわけだが。


「受けます」

「出来ますか? 大前提の条件としては初心者ダンジョンの踏破をしていなかったら受けれませんけど……」

「ああ、それは達成してます。これでどうですか?」


 差し出すのは、昨日倒したミノタウロスの魔石と角。

 ボスに関しては物体として残ることもあるらしい。金に換える前に冒険者ギルドで見せておこうと思っていて良かった。


「えっ!? ……わぁ、驚きました。もう踏破したんですか?」

「ええ。良い仲間に恵まれたので」

「凄いことですよ! 初心者の方なら、もっと時間はかかるものですからねー」


 褒められて悪い気はしない。やはり人間との交流でしか得られない心の栄養がある……。

 と、喜んでいる場合ではなかった。


「それで、依頼は受けれますか?」

「はい、条件は満たしていますから問題はありませんねー。でも、気をつけてくださいね? 将来有望な冒険者さんは大切ですから……面倒な依頼とか、やってくれそうですしね……」


 なんか小声で最後に言っていたが、聞き取れなかった。

 聞かせる気のない独り言を言わないで欲しい。怖くなるだろ。


「ということで、依頼の期限はまだあるのでしっかりと準備をしてから挑んでくださいね? 召喚術士さん」

「アレイです」


 なぜか名前を呼んでくれない受付嬢さんにお礼を言って、無事に受領できた。

 こうして俺は、借金返済のためにダンジョンの核を奪い取って逃げ出すという難関ミッションに挑むことになったのだった。

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