9-3

 公爵がパーティの締めくくりの挨拶をするまで、エメとアランは中庭で遊んでいた。アランはパーティの主役のはずなのだが、そんなことはどうてもいいようだった。

「エメ、そろそろ帰るぞ」

 ラースがそう声を掛けると、ふたりは揃って残念そうな顔になる。そんな顔をされてもダメなものはダメだ。

「アラン、お前も挨拶をしなさい」

 リカルドが呼ぶ。えー、とアランは顔をしかめるが、リカルドの笑顔が逃げることを許さない。それをよく知っているアランは、渋々と公爵のもとへ歩み寄り招待客を見渡す。

「えーっと……本日はお越しいただき、ありがとうございました。実り多き一年となるよう、努力いたします。どうぞ温かく見守っていただけると幸いです」

 ほぼ棒読みで言い、アランは辞儀をする。招待客が拍手を送り、パーティは閉会となった。


 他の招待客のことは気に留めず、アランは門の外までエメを見送った。エメがアランの心を開かせたことに驚いていた招待客たちも、微笑ましくふたりを見ている。

 ラースに抱えられ帰路についているあいだ、エメはずっと寂しそうにしていた。王宮と公爵家の屋敷は近い。遊びに行こうと思えばいつでも行ける距離だ。それでもやはり一緒に遊んでいた友達と離れるのは寂しいらしい。

「楽しかったか?」

 ラースが問いかけると、エメは満面の笑みで頷いた。

「いい友達ができたっスね」

「人が多くて疲れたんじゃないですか?」

 エメの生き生きした表情を見ていると、時々、保護したばかりの頃の彼を思い出す。盗賊団のアジトから離れるときでさえ無感情な表情をしていた。そんな彼に人間らしさを取り戻させたのが【名付け】と【祈り】ではないかとラースは思う。このふたつを与えられた日を境に、エメは変わった。変わったというより、おそらく本来の彼に戻ったということなのだろう。辛い経験が、彼を抑制していたのだ。


 部屋に戻ると、ユリアーネが衣類の整理をしていた。

「おかえりなさいませ」

 今日のユリアーネは、以前のようにキリッとしている。しかしエメが抱き付くと、途端に破顔し抱き締め返した。

「ユリアーネ、エメを任せていいか」

「はい」ユリアーネは即座に立ち上がる。「もちろんです」

「行くところがある。しばらく頼むぞ」

「お任せください。いってらっしゃいませ」

 行くぞ、とニコライに言い部屋をあとにする。エミルも辞儀をして彼らを見送った。エミルには行き先がわかっている。しかし、ふたりが揃っていれば充分だ。

「エメ。少し早いですが、お風呂に行きましょうか」

 エミルの言葉に頷いたエメが彼に歩み寄ると、はう、とユリアーネが謎の声を上げた。

「エメ坊ちゃまとエミル様が一緒にお風呂……⁉」

「何か問題でも?」

「いえ、まったくございません。いってらっしゃいませ」

 急に冷静沈着に戻るユリアーネに、エミルは息をつきつつエメの背中を押した。エメはユリアーネの変化をなんとも思っていないのだろうか、とたまに思う。


   *  *  *


「……やはり、狙いはエメであろうな」

 アーデルベルト王の言葉に、ラースは頷いた。

「その可能性が高いのではないかと思われます」

「おそらく」と、クリスタ王妃。「エメに精鋭三人が護衛についていることは、承知の上なのでしょうね」

「仰る通りかと」

「いかがなさいますか」ニコライが言う。「宮廷内は強固な守りがありますが、対外時は危険なことも多いかと」

「ふむ……。だが、私はこう思う。ラース、お前なら、三十人が束になってかかって来たとしても、ひとりで退けることができる。違うかね?」

 確信と自信をはらんだ声で言うアーデルベルト国王に、ラースは胸に手を当てて辞儀をした。

「仰る通りかと」

 アーデルベルト王は、やはり、と言うように笑う。それから笑みを消し、低い声で言った。

「しばらくは様子見だな。新たに監視の者をつける」

「は」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る