9-2

 エメとアランは会場の隅で楽しげにお喋りをしている。

 そこに、公爵夫人が歩み寄った。

「エメさん。アランと仲良くしてくれてありがとう」

 見目麗しい女性に声を掛けられて驚いたエメは、遠慮がちに微笑む。公爵夫人は優しくエメの頭を撫でた。

「これからも仲良くしてくれると嬉しいわ」

 エメは大きく頷く。公爵夫人はアランの頭も撫でて去って行く。エメが不思議そうにアランを振り向くと、母様だ、とアランは紹介した。

「子どもの俺から見ても、母様は綺麗だと思う」

 エメはこくこくと頷いた。

「アラン様」

 声を掛けられて振り向くと、着飾った数人の子どもがアランに歩み寄って来る。丁寧に辞儀をした。

「お誕生日おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

 アランは視線も合わせず素っ気なく言う。

「あちらでお話しませんか?」

「悪いな。いまエメと喋ってるんだ」

「では、私たちも混ぜていただけませんか?」

「ふたりで話したいんだ」

 行こうぜ、とアランはエメの肩を押す。子どもたちは困ったような表情でその後ろ姿を見送り、追い駆けて来ることはなかった。アランは、ふん、と鼻を鳴らす。

「ああやって俺に擦り寄って、公爵家との繋がりを作ろうとしてるんだぜ。要はお遣いだな」

 つまらなさそうに言うアランに、エメは首を傾げた。

「子ども同士が仲良くしてたら、親同士もつるみやすくなるだろ。そんな打算的なやつに利用されるのは癪だ」

 きょとんとするエメに、お前にはわからないよな、とアランはあっけらかんと笑う。

「お前も気を付けろよ。ラースたちが王宮騎士だって知ってるやつもいるからな。安易に王宮と繋がりを作ろうとする無謀なやつはいないだろうが、商売をしてるやつらなんかは、そういうコネクションが欲しいだろうからな」

 エメはますます困惑する。アランの言っていることが難しすぎてわからないのだ。

 それを見ていたラースは、ただ甘やかされて育ったというわけではないのだと思った。自分が他の貴族との繋がりを作る必要がないことも、しっかり理解しているのだ。

「エメ。楽しんでいるかい?」

 リカルドが歩み寄った。エメは微笑んで頷く。

 そこでエメは、何か思い立ったようにポケットの中を漁った。ひとつの小さな箱を取り出し、アランに差し出す。

「わざわざ用意してくれたのか?」

 アランが目を丸くすると、エメは照れ臭そうに笑って見せた。ありがとな、と嬉しそうにエメの頭を撫でたアランは、丁寧にリボンを解き、箱の中を覗き込む。そこには小さな赤い宝石のペンダントが納まっていた。

「これは護符かい?」

 リカルドの問いに小さく頷いて、エメはポケットから紙を取り出して広げて見せた。そこには、

『マールム晶石製です。ダンジョンにいる悪霊からアランを守ってくれたりします』

 と、書かれている。ほう、とリカルドは感心していた。

「効果はそれだけじゃないみたいだ。常に身に着けておくといいかもしれない」

 リカルドは【鑑定】をしたようだった。ふうん、と呟いて、アランはペンダントを首にかける。

「どうだ? 似合うか?」

 嬉しそうなアランに、エメも満面の笑みでこくこくと頷いた。そんな楽しそうなふたりを、周囲の者は物珍しそうに眺めている。と言うのも、アランの「気」は強いし難しいと言われているのだ。短いと思っている者もいる。そんなアランと笑い合っているのだから、エメは魔法でも使ったのではないかと思われているかもしれない。

 壁に寄り掛かってふたりを見ていたラースは、ふと、辺りに視線を巡らせた。ニコライが少しだけ体を寄せる。

「いますね」

 低いニコライの声に、ああ、と短く答える。

「どうしますか」

「構うな。どうせここでは何もできん」

「わかりました」

 エミルの空気もピリついている。しかし、周囲は三人の気配が変わったことに気付いていない。気付かせないのだ。

「そういえば」と、アラン。「エメの誕生日はいつなんだ?」

 エメは手で五月二十日と示す。アランは目を丸くした。

「来週じゃん! 間に合うのか?」

 そう言ってアランがラースを見上げる。

「今回は内輪だけでやります」

「俺も行っていいだろ?」

「公爵にご了承をいただけるのなら、どうぞ」

「ダメとは言わないと思うぜ」

 その通りだろう、とラースは思う。おそらく王宮ではエメの誕生日会の準備がさっそく行われているだろうが、公爵家を招待するくらいの余裕はあるはずだ。

 来いよ、とアランがエメの背中を押す。中庭に出て行くので、ラースも小さく息をつきつつそれに続いた。

 ラースたちが王宮騎士だと知る者はそれなりにいる。しかし彼らは、騎士団の中の取っ付きにくいランキング上位の三人だ。醸し出す「近付くなオーラ」に当てられ、ほとんどの者が三人と関わり合いにならないようにしていた。中には果敢に話し掛けてくる者もいたが、彼らが――明るいニコライすら――まともに取り合わないので、諦めてすごすごと去って行く。王宮との繋がりを作りたいのだろうが、一介の騎士である三人に取り入っても無駄なことなのだ。

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