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 食事を終えると、エメを連れてラースとニコライは中庭に出た。体力作りの入り口として、中庭で遊ぶことは一番手軽だ。エメも中庭を気に入ったように見える。

 中庭の奥からサバが出て来て、尻尾を振りながらエメに駆け寄って来る。サバは賢いので、突進するようなことはない。エメが両手を広げると、徐々に速度を落としてその腕の中に収まりエメに擦り寄る。もしエメが声を発することができれば、楽しげな笑い声を聞けたかもしれない。

「……先輩……俺、動悸がするっス……」

「あ?」

「まさに可愛いと可愛いの掛け合わせ……幸せを形にしたようなもんじゃないっスか。熟練の騎士でも心臓発作を起こすほどの尊さっスよ……」

「なに言ってんだ、お前」

「はあ……立っているのがやっとっスよ……」

 確かに、子どもと毛玉のような犬の組み合わせは可愛いかもしれない。だが、ニコライの言っていることはラースにはよくわからなかった。

「サバー。おーい、サバー?」

 不意に奥からサバを呼ぶ声が聞こえた。エメが顔を上げると、短い金髪の少年が中庭に入って来る。サバが少年に駆け寄って行くので、エメが隠れるようにラースにしがみついた。まだ“人見知り”してしまうらしい。

「なんだお前。あ、ラースにニコライじゃねえか」

「アラン様、おはようございまーす」

 ニコライがへらと笑い手を振る。

 その少年――アランは、ディミトリ公爵家の次男だ。わがままこそ言わないもの、気が強い性格をしている。

「なんだ、そいつ」

 アランが訝しげにエメを見遣った。エメは気の強さを感じ取っているのか、少し怯えているように見える。

「弟です」ラースは言った。「名をエメといいます」

「ふうん」

 嘘だと気付いているのかいないのか、アランは眉間にしわを寄せるだけだった。それ以上は追及しないらしい。

「おや。ラースにニコライじゃないか」

 廊下から聞こえた声に振り向くと、金髪の初老の男性がふたりに微笑みかけている。ふたりは辞儀をした。

「おはようございます、ディミトリ公爵」

 声を合わせ辞儀をするふたりに、ありがとう、とディミトリ公爵は穏やかに微笑む。それから、ラースに隠れているエメに気付いて不思議そうに首を傾げた。

「その子どもは?」

「弟です。名をエメといいます」

「そうか、そうか」

 ディミトリ公爵はふたりに歩み寄ると、エメと視線を合わせるように腰を屈めた。

「初めまして、エメ。アランと同い年くらいかな? よかったら仲良くしてやってくれないかな。アランは気ばかり強くて友達があまりおらんのだよ」

「父様! 余計なこと言うなよ!」

「ここで会ったのも、何かの縁だ。仲良くしなさい」

 諭すように言うディミトリ公爵に、アランは不満げに唇を尖らせた。ディミトリ公爵の屋敷は王宮から程近い。この先、何かと会う機会があるかもしれない。

 立ち上がり、ではな、と微笑んでディミトリ公爵は去って行く。ふん、とアランは鼻を鳴らした。

「弱っちそうなやつだな。ま、仲良くしてやってもいいぜ」

 胸を張って言うアランの頭に拳骨が落ちた。いつの間にいたのか、彼の背後に兄のリカルドの姿があった。

「なぜ素直に言えないんだ。その子も怖がっているだろう」

 リカルドはアランとは対照的に、ディミトリ公爵に似て穏やかな性格をしている。頭脳明晰で、いずれ公爵家の家業を継ぐことになるという自覚を持って暮らしている。

「すまないね」リカルドは腰を屈める。「こんなやつだが、悪いやつではないんだ。仲良くしてくれると嬉しいよ」

 視線を泳がせたエメが小さく頷くと、リカルドはどこか満足げに頷いた。立ち上がり、ラースとニコライに言う。

「アランのことを任せてもいいかな」

「はい」

 頼むよ、と微笑んでリカルドは宮廷内に入って行く。取り残されたアランは、不満げな表情をしている。

 ラースはエメの背中を押した。あまり年の近い者と接してこなかったらしく、心許なさそうにしている。

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