4-3

 ラースが部屋に戻ると、エメは安堵したような嬉しそうな表情になる。昨日の謁見のあとにエメが寝てから――エメが寝ていたためであるが――会っていなかったため、少し寂しくなっていたということだろうか。

「ステータスボードを見させてもらったぞ」ラースは屈みながら言う。「体力値が低すぎるな。暇なときに宮廷内を歩いて、少しずつでいいから体力をつけろ」

 エメはこくこくと頷いた。あとは、とラースは続ける。

「食事だな。いまは仕方ないかもしれないが、少しずつ食事量を増やして体力をつけていったほうがいいだろう」

 わかった、と言うようにエメは首を縦に振った。よし、と頷き、ラースはエメを片腕で抱き上げる。

「食堂に行くぞ。今日もメイド長が待っているだろう」

 部屋をあとにするふたりをニコライも追い、いってらっしゃいませ、とユリアーネが辞儀をしてそれを見送った。

 ラースがエメを片腕に抱いているという光景にも慣れたようで、廊下を歩く騎士や使用人は驚くことなく挨拶してくる。エメを認知する者が増えたということもあるだろう。

 ふと、エメが何かに気付いた様子でラースの肩を叩いた。壁に貼られている掲示板を指差す。その掲示板には、何枚かの紙が貼りつけられている。

「これは依頼クエストだ。民からの要望で魔物を駆逐したり、魔道具を作るための素材を採って来たりするんだ」

 エメは興味を惹かれたようで、身を乗り出している。

「坊ちゃんも行ってみたいんスか?」

 ニコライの問いかけに、エメは頷いた。

「お前にはまだ早い」ラースは言う。「せめて体力値を上げて、魔法をひとつでも身に付けないと連れて行けない」

 エメが両手を出すので、ラースはひとつ息をつく。

「お前が望むならそれでもいいが」

 エメの【癒し手】があれば、確かに依頼クエストをこなすことが楽になるものもあるだろう。だが、エメの生命力を削ってまで依頼クエストを受ける必要はない。

「まあ、話は体力値が五十前後になってからだな」

 ラースがそう言って掲示板から離れて行くと、エメは少し不満げな表情になる。そんな顔をされたところで、体力がなく戦う術を持たないものを依頼クエストに連れて行くのは危険だ。たとえ最上位エクストラスキルがあったとしても。

 食堂に行くと、お待ちしておりました、とメイド長が優しく微笑んだ。床に下りたエメは、おはようの挨拶に頭を下げた。メイド長もそれに合わせて辞儀をする。

「今日はパウンドケーキを作ってみました」

 エメは、メイド長に促されるまま椅子に腰掛けた。メイド長は、どうぞ、とエメの前にパウンドケーキが二切れ乗った皿を置く。エメが果物を嫌っていることは知っているため、シンプルなパウンドケーキだ。

 エメはだんだんと食べることに抵抗がなくなってきたようで、フォークで小さく切りながら口に運ぶ。

「いかがですか?」

 穏やかに問いかけるメイド長に、エメは遠慮がちに笑って頷く。美味しいということだろう。

「ちょっとずつ笑ってくれるようになったっスね」

「サバと遊ぶときは笑ってるけどな」

「でも俺たちにはあんまり笑ってくれないじゃないっスか」

 ラースは肩をすくめた。エメが笑うのが嬉しいらしい。

「たくさん食べられるようになったら、普通の食事の練習もしましょうね」と、メイド長。「王宮にはテーブルマナーを気にする者もおります。少しずつ覚えていきましょうね」

 エメはこくこくと頷いた。まともな食事をしてこなかったため、テーブルマナーというものはエメにとって縁遠いものだっただろう。とは言え、いまも大人しく座って食べている。もともと行儀がいいのだろう。

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