3-3

 謁見の間をあとにすると、張り詰めていた糸が切れるように、ニコライが深く大きく息を吐いた。

「どうなることかと思ったっス」

「そうだな。まあ……【名付け】はもしかしたらと思っていたが、まさか【祈り】までとはな」

 つくづくとエメを見るラースに、エメは首を傾げる。

「【名付け】は、王族とその配下の者のみが使える最上位エクストラスキルだ。魂の系譜に連なる魔法だな。お前は国王陛下との魂の繋がりを得た。お前に国王陛下の魔力が注がれたんだ」

 エメは意味がよく理解できていないようで、ニコライを見遣った。ニコライは肩をすくめる。

「国王陛下のお力によって、エメ坊ちゃんは魔法やスキルを得やすくなったってことっスよ」

「まあ、大雑把に言うとそういうことだな。それから【祈り】だが、これは王妃殿下の仰っていた通り神の加護を与える魔法だ。直接的な効果で言えば、物理攻撃耐性、魔法攻撃耐性が上がる。あとは、それに付随する中位セカンド以上のスキルや上位レアの魔法を得られるはずだ」

 始まった、とニコライが苦笑いを浮かべる。

「それに加えて魔力が強化され、体から魔力が漏れ出るのを防ぐ。固有スキルを使っても魔力の消費を最小限に留めることができる。さらに固有スキルを強化する効果もあるそうだ。二倍とまではいかないが、お前の【癒し手】の効果は増大しているはずだ」

 一気に捲し立てるラースにエメがきょとんとするので、ラースはひとつ咳ばらいをした。

「この先、お前が望んで【癒し手】を使う時がくるかもしれない。そのとき、生命力の消費が最小限で済むんだ」

「つまり!」と、ニコライ。「これから坊ちゃんは、坊ちゃんの思うまま、自由に生きていいんスよ」

 エメの瞳が揺れる。こんなところで泣かれては敵わないと、ラースは彼を片腕で抱き上げた。さっさと連れて帰らなければ。ニコライはニコライで、よかったっスね、とのん気に笑っている。ラースはひとつ溜め息を落とした。


 本来であれば【名付け】も【祈り】もそう簡単に授けられるものではない。多少の危険を伴うためである。

 【名付け】により与えられた魔力が受納者の実力に見合わない場合、名付けを受けた者は正常ではいられないと言う。しかしアーデルベルト国王はそれを見抜く目を持っている。魔力を与えるだけの実力がないと判断した場合【名付け】は行われない。それは【祈り】にも言えることだ。この最上位エクストラスキルによって与えられる魔力に見合うだけの実力があるかどうか、アーデルベルト国王もクリスタ王妃もそれを見抜いた上で、エメに【名付け】と【祈り】を与えたのである。エメには内に秘めた魔力があるのだ。


   *  *  *


 部屋に戻ると、エメはベッドを指差した。

「寝たいのか?」

 ラースの問いに、エメは小さく頷く。緊張していたため疲れたのだろう。床に降ろし、ラースが上着を脱がせてやると、エメはすぐにベッドに横になった。

「ドアの前にひとりつけておく。起きたら声をかけろ」

 エメが頷くのを見届けて、ラースは部屋をあとにした。


   *  *  *


 ラースとニコライが騎士の詰所に行くと、剣の手入れをしていた部下たちが、お疲れ様です、と顔を上げる。

「国王陛下と謁見して来たんですよね」

「ああ」

「すごいな~……。俺だったらビビッて入れないですよ」

「それにしても、小隊長もニコライさんも大変ですね。子どもの世話なんて、騎士にやらせることじゃないですよ」

 ハハ、と笑いながら部下が言うので、ラースとニコライは揃って鋭い眼光を向けた。

「それは国王陛下への不敬に値すると知っての発言か?」

「へ……?」

「俺たちがエメ坊ちゃん付きになったのは、最終的には国王陛下のご判断っスよ」

 その途端、部下は慌てて頭を下げる。ただの軽口のつもりであったのだろうが、看過できるものではない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る