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 王宮に住み込みで働いている医師ボニファースは、腕の確かな医者だ。薬の知識にも長けていて、その腕を頼って街の民が許可を取って診察に来ることもある。

「……はい、閉じていいですよ」

 少年の喉にライトを当ててしばらく診ていたボニファース医師が、そう言って頷いた。少年は口を閉じる。

「我々の言うことはしっかり理解していますし、喉にも異常はありません。置かれていた環境のせいかもしれないですね。きっといつか声が出るようになると思います」

 やはりか、とラースは心の中で呟いた。少年が盗賊団から酷い仕打ちを受けてきたことは、一目でも見ればわかる。肉体的、精神的ストレスのために声が出なくなってしまったのだろう。おそらく、盗賊団員とまともに会話をするようなこともなかったのではないかと思われる。

 普通の子どもなら気が狂ってもおかしくない環境なのではないかとラースは思う。狭く暗い部屋に閉じ込められ、ひたすらスキルを使うだけの日々。そんな状況では、正常な精神を保てと言われるほうが難しいかもしれない。

「先輩。坊ちゃんが喋れるようになるまで寄り添って、支えてあげましょうね」

「は?」ラースは眉根を寄せる。「なんで俺が。ガキのお守りをしていられるほど暇じゃねえぞ」

「仕方ないじゃないっスか。指令なんスから」

 肩をすくめるニコライに、ラースはまたひとつ、大きな溜め息を落とした。気を取り直し、それで、と口を開く。

「護衛という名目の世話係ってことか」

「世話係はユリアーネちゃんっスよ。あくまで護衛っス。他の人に任せるより、助け出した俺たちのほうが安心するんじゃないかって、ベルンハルト団長が」

 団長め。またいいように人を使おうとしているな。

 損な役割を引き受けたものだ、とラースは心底から後悔していた。要保護人物の救出は重要な任務だ。それに抜擢されたことは栄誉なことである。騎士の中では若いラースとニコライの実力を買われたという証左であるのだ。しかし要保護人物のその後については何も言われていなかった。護衛は任されるかもしれないとは思っていたが、ここまで尽くさなければならないのは想定外だ。

 そもそも、ラースは子どもが苦手である。何を考えているかわからないし、その行動を予測することもできない。わがままだし、すぐに泣く。以前そのことをニコライに話したとき、偏見っスよ、と彼は笑っていた。しかし、いままで出会ってきた子どもが皆そうだったのだから、そう思い込むのは致し方ないことだろう。

「それに」と、ニコライ。「世話じゃなくて手助けっスよ」

 溜め息が止まらない。それは騎士の役目ではないのではないだろうか。なぜニコライは乗り気なのだろうか。

 別の騎士に任せるより助け出した自分たちのほうが少年が安心するのは確かだろうが、少年は素直な子どものように思う。ユリアーネに心を開く日も遠くないはずだ。別の騎士を連れて来たとしても、次第に馴染むと思われる。

 しかし、ここで投げ出すのは確かに無責任なことなのかもしれない、とも思う。要保護人物の救出を下令されたとき、こうなることは予測できたはずだ。

「坊ちゃん。庭に行ってみないっスか?」

 ニコライが少年の顔を覗き込む。少年は興味を惹かれたようで頷く。ニコライが、先輩、抱っこ、と言うので、ラースはまた八つ当たりを込めてニコライの尻を蹴った。

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