第32話 ユードリッド男爵の独白

 藤亜十兵衛らが罠を仕掛けている頃――――。


 昨夜の鳴り子城の大爆発に巻き込まれ、多数の死傷者を出した茨十字騎士団は再編成を実施した。

 茨十字騎士団団長オスカー侯爵が死亡したことにより指揮権を継承した副団長ユードリッド男爵は、神州国鎮西軍第八派遣隊副将である加藤威史が護送している北海の森の氏族の長ソフィア女王の捕縛を最優先として任務続行を決心。

 神州国決死隊の自爆により大損害を受けた第一騎兵中隊を、第二騎兵中隊と第三騎兵中隊に合流させ、胸部装甲擲弾兵と輜重隊を新たなる宿営地となった鳴り子城の防衛に割り振った。


 山頂の鳴り子城から続く尾根を伝いながら降りていくなだらかな道の先には岬が見え、その岬の手前には小さな港町と砦がある。

 茨十字騎士団にとっては、ただでさえ勝手が分からぬ敵の勢力圏である。

 昼を過ぎた頃、副団長であるユードリッド男爵は、ほぼ全壊した鳴り子城の裏門から出発した前衛隊の後ろ姿を眺めていた。


 ふと昨日戦った太田森の言葉を思い出し、視線を横にずらす。


 ここからは遠くに――だが、肉眼ではっきりと見える距離に小さな島々が連なっているのが見えた。その小さな島々にある山は高く、海岸は絶壁のよう見え、きっと平らな大地など大してないのだろう。

 神州国の本土はその島々の先にあることは明白だった。


 それを確かめてから、ユードリッド男爵は一日で瓦礫の山となった城を見た。


「――――確かに鳴り子として造られた城だな」


 城が誰のための、何のための鳴り子だったのかは言うまでもない。

 神州国の、魔獣の接近を知らせるための鳴り子。

 敵の接近を知らせる鳴り子がならなくなったら、それを仕掛けた人物はどう考えるだろうか?

 どう思い、どう対処するだろうか?

 いや。それらの思いは正しくないと彼は思考を捨てた。


 ユードリッド男爵はあくまでも自分をオルデガルド帝国皇帝に従える一人の騎士として、茨十時騎士団が受けた勅命を思い直した。


 帝国が地獄門で行った閉鎖実験失敗による大界獣の出現。

 数十年に一度あるかないかだったはずの界獣の度重なる襲来。

 跳梁跋扈する魔物と魔獣。

 失った大量の魔導師たち。

 周辺国を侵略してでも得た、大量の魔導師と魔術師。

 苦境に陥っても、まだ救う手立てはある。

 強引に集めた魔術師たちに地獄門の修復。

 人族最大の切り札、異世界からの勇者召喚の儀式。

 これらが出来れば、きっと人類滅亡だけは逃れられる。

 だが、それらもこれも膨大な魔力が必要なことばかり。

 人間の数倍の魔力を有するエルフを狩り集めて、儀式の魔力炉として生け贄とすることによって始めて可能となるものが並ぶ。


「ああ、だから……やはり我は間違っていなかった」


 ユードリッド男爵は、独りそう呟いた。

 ラーフェンを隊長として送り出した少数精鋭による前衛隊は手持ちの茨十字騎士団の最精鋭の者たちばかり。

 悩んだ末に、聖騎士エスメラルダ・パラ・エストラーダらまで投入した総勢十六名。


 一応ではあるが、ラーフェンには無理はするな。と言ってある。

 山城の防衛よりもエルフを逃すことを優先した神州国の意図は不明だが、ラーフェンらの偵察により何かしらの情報を得てくるだろう。と、ユードリッド男爵は考えていた。


 海から潮の香りとともに強い風が吹き、ユードリッド男爵に湿った空気が纏わり付くように流れた。

 気になって上空に目を向ければ、立派すぎる入道雲が見えた。

 彼は雨になるかと考えたが、それは数時間もしないうちに現実となった。

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