第2話 異世界転生

※話の並びを変えました。4月10日に投稿したものになります。

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 俺が新たな生を受けた世界は、一言で言うといびつだった。

 江戸時代のような強固な封建制が存在する政治体制。

 人々の暮らしは、江戸時代から近代へとの過渡期にあるような生活水準。

 人里を離れれば、ファンタジーな魑魅魍魎や怪物たちが存在する生態系。

 そこに住む人々は身を守るために剣や銃を帯び、魔法まで身に付ける。  

 戦国時代に魔法を混ぜて、そのまま発展し続けたような世界だった。


 俺が異世界転生して転生前の記憶が戻ったのは三歳の時だった。

 記憶は所々あやふやで、自分の名前さえ全部は思い出せない。

 幼子の身体では喋ることさえ苦労する。

 運動能力なんて貧弱もいいところ。

 自我だけ肥大して、何も出来ないアンバランスな存在。

 意識はあるけど、大して集中力が働かない未熟な脳細胞。

 なにもかも不十分で未発達だった。

 それでも普通の子供とは比べものにならないぐらい早熟だ。


 そして、俺はこの時ほど早熟だった自分を憎んだときはない。

 

 俺をこの世界に産み落としてくれた母親は娼婦だった。

 母は子供の目から見ても、贔屓目なしに綺麗な女性だった。

 貧民街手前にある娼館所有の長屋で暮らしていた。

 母は器量が悪いわけでも、学が無いわけでもない。

 母子家庭で二人しか居ない生活。

 慈愛に満ちた優しさは本物で、優しくされる度に感動して泣いてしまい、結果的には母を何度も困らせた。

 幼くて思考力が未熟だった俺でも分かるぐらい貧しいのだ。

 母が一食しか食べないなんてざらだった。

 多いときでも二食しか食べない。

 母は自分の分を俺に回してくれた。

 食べないなんて出来なかった。

 お互い腹が減って、腹の虫がなるなんてしょっちゅうだった。


 それでも母は貧しい中、文字通り身体を売って俺を育ててくれた。

 

 朝に娼館の子供部屋に預けて、夜になると俺を迎えに来る母。

 どんなに嫌なことがあろうと。

 客に殴られて顔にあざを作ろうが、腕に縛られた痕があろうが。

 仕事が終わると俺を優しく抱きしめてくれる。


 早く大人になりたいと。

 せめて、働けるぐらいの身体になりたいと。

 この時ほど思ったことはない。

 

 だが、俺の願いは無意味だった。

 俺が五歳になった年の瀬に。

 母は流行病に罹って死んだ。

 気管系の病だったが、この世界には抗生物質のような治療薬はない。

 葛根湯を始めとした漢方薬はあっても驚くほどに高価。

 滋養のある食べ物を食べさせたくても、日々の食事さえままならない。

 貧しい上に女手一つで俺を育てていたのだ。

 過労もあった。

 疲労もあった。

 そして俺は無力だった。

 快方に向かう要素は何一つなく、美しかった母はあっという間に痩せこけて年を越えることなく息を引き取った。

 質素すぎる葬儀が終わり、ここを去る土産として母と同じ娼婦たちから初めて、母がどうしてここに流れ着いたのかを聞いた。

 俺を捨てないために愛人を断り、妾も断って、ここで客を取っていたのだと。

 俺はそれを聞いて、怒って、悲しくて、泣き疲れて、呆然としていた。

 

 そんなとき、ひょっこりと――今さら、実の父親が現れた。

 その姿を見た瞬間、父親であることは分かった。

 あの野郎も同じだっただろう。


 ブチ切れた俺は真っ白になった意識の中、全力で殴りかかった。

 突如として覚醒した超人の力で、俺自身が制御できないほどの速度と威力で殴り掛かった。

 完璧な不意打ちとなった一撃は、あの野郎の肝臓を確かに打ち抜き、普通の大人ならば確実に殺せたはずだった。

 だが、あの野郎は死ななかった。

 忌々しいことに本当に俺の父親だった。

 お互い超人である以上、ただ単純に大人と子供の差でしかない。


 反撃を喰らった俺は、たった一撃で気絶した。


 それから俺は、あの野郎に犬のように拾われた。

 

 だが、俺は犬じゃない。

 餌をくれようと、寝床をもらおうと、あの母を――。

 あの美しく、優しかった母を―――。

 遊び半分で犯して、手切れ金を押し付けて。

 何も言わずに娼館へと放り込んだ父親など、殺すべき男でしかない。

 

 いつまでも牙を剥く俺に飽きたのか。

 あの野郎は俺を養子に出した。

 本当に助かった。

 これで俺は誰にも見られることなく、あの野郎を殺すための準備が出来る。

 身体を鍛え、武技を磨き、仲間を集め、家督簒奪という名目で正々堂々襲うことが出来る。

 養父を始め、誰も俺に声を掛けてこない状況というのも有り難かった。

 

 だが、俺はあの村で神楽坂蘭に出会ってしまった。

 あれこそ晴天の霹靂というのだろうか。

  

 蘭は自分の価値に気付いていない。

 あの少女は、俺にどれだけのことをしてくれたか分かっていない。

 無邪気で純真無垢な信頼が、どれだけ俺を変えたか分かっていない。

 きっと蘭は何も考えていない。

 打算なんて欠片もない。

 悪意もない。

 普通の子供が、俺を信頼して、俺を頼って、俺と一緒に歩いて、俺と暮らしていくだけの日々。

 

 だから、まだ……今は実家に家督簒奪を仕掛けない。


 母に何も出来なかった反動で、蘭に優しくし過ぎたのは事実だが。

 だけど、今は。

 きっと俺の方が、神楽坂蘭がいないことに耐えられない。

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