第3話 十兵衛と蘭の幼き日々

※話の並びを変えました。4月10日に投稿したものになります。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 私、神楽坂蘭かぐらざか らんが初めて十兵衛と出会ったのは今から十年前。

 神楽坂家を従えていたとどろき家に、寄親の加藤家から養子として押しつけられた子供だった。

 その時の第一印象は今も、今でも覚えている。


 怖い――――。


 純粋にそう思った。

 体付きだけは他の子供と変わらなかった。

 違ったのは、それ以外。

 影を纏ったような陰気な気配。

 血走った眼で、何もかも憎んでいる顔。

 遠目で見てただけでも怖くて、目を逸らしてお母さんの後ろに隠れた。

 その時はそれで終わった。


 数日もすると色々な噂が村の中で広まっていった。

 何もない農村では噂自体が娯楽。

 口さがない大人たちは何一つ隠すことなく喋った。


 曰く、余りにも凶暴で実の親に捨てられた超人の子供。

 曰く、あの子は既に人殺しで、しかも母親を殺したらしい。

 曰く、ろくに言葉も話さず、家人を犬のように睨んでは噛みつく暴れん坊。


 その噂は誰もが信じたし、私も……信じた。

 十兵衛はそれだけ怖かったし、不気味で、確かに村の中で浮いていた。


 でも、養子とはいえ領主の子。

 しかも大人さえ叩きのめせる超人の子供。

 十兵衛は一日中、好き勝手に何かをやっていた。

 私や他の子のように農作業を手伝うわけでもない。

 時折、朝からどこかに消えてしまい、日が落ちる頃には何食わぬ顔で戻ってくる。

 他にすることといえば、週に何度か大人たちと混じって武術の鍛錬を行うだけ。

 誰も刃向かえない。

 誰もが目を向けない。


 人殺しの噂があったから誰も近づかなかったし、親たちも子供を近づけさせなかった。


 一年近く経つと変化が現れた。

 それも十兵衛ではなく、周囲の方に。


 轟家は毎日行方を眩ます十兵衛に危機感を抱いた。

 無理もないと思う。

 大怪我でもしたら、寄親にどんな目に合わせられるか分からない。

 だけど、誰も近づきたくない。

 十兵衛という、轟家に押しつけられた忌み子。

 その解決策は水が落ちるように下へと流れた。


 轟家は十兵衛と常に近くにいる子供の監視役を求め、神楽坂家はそれを受け、私をその役に命じた。


 父に命ぜられた私は母に縋って「嫌だ」と何度もお願いした。

 布団の中で夜通し泣いた。

 そんな幼子の我が儘が叶うわけもなく、次の日には十兵衛の前には連れて行かれた。


 だけど、私はそれから約一年を掛けて本当の十兵衛を知ることになる。


 十兵衛は見た目と違う心を持っていた。

 私の第一印象は半分当たっていて、半分外れていた。

 特に、彼の内面は全然違っていた。


 怯えながら挨拶する私に戸惑い、十兵衛は困り切った表情を浮かべた。

 年上で有りながら、いつまでも愚図る私に彼はとても辛抱強かったと思う。


 一ヶ月後。

 やっと私は十兵衛と話すようになった。

 それから私たちは普通の子供のように遊ぶようになった。

 裏山に行くときは常に手をつないでくれた。

 見つけたあけびとか柿とか野いちごとか、いつも採ってくれた。

 猪を狩ったら、貴重な肉を家族にも分けてくれた。

 私がお飯事ままごとをしたいと言うと、躊躇いながらも旦那役をしてくれた。

 流行の風邪を引くと、いつの間にか治るまで傍に居てくれて。

 本当にいつも一緒だった。


 だけど、いつも一緒だったから見られたくないものも見られてしまう。


 苛められる私を見られたとき、本当に恥ずかしかった。

 私は下忍の生まれで、上忍の子供たちにいつも貧乏だと馬鹿にされていた。

 村の中ではありふれた苛め。


 十兵衛とやっと仲良くなって。

 少し年上だから、お姉さんのように振る舞っていたのに。

 そんな姿を十兵衛に見られて悔しかった。

 私は何も言えなくて俯いた。

 惨めだった。

 家が貧乏なのは本当だった。

 貧乏人の子沢山は、私の家のためにあるような言葉だった。

 その上、下忍の出自だから何か言い返すことさえ出来ない。

 言い返しただけで上忍の親が出てきて、両親が土下座させられる。

 下忍の子供が我慢できなくて喧嘩になった後、村でよく見る光景。

 私の所為でお父さんもお母さんも、私と同い年の子供に土下座させられたことがあった。


 だけど、十兵衛は苛めそれを許さなかった。


 彼は本気で怒って、上忍の子供たちを叩きのめした。

 親が出てきても、十兵衛は殴りかかった。

 そして上忍である親さえも不意打ちで叩きのめした。

 この時は同じ超人の養父が仲裁に入らなければならないほどの騒動になった。

 養父に取り押さえられ、顔の形が変わるほど殴られても、十兵衛は誰にも謝らない。


『馬鹿にした方が悪い』


 彼はそれ以外、何も喋らなかった。

 それでやっと分かった。

 十兵衛は普通なら、あり得ないぐらい女子供に優しいことに。


 いつも私の我が儘に付き合って。

 いつも私の傍に居て。

 いつも私の手を取って。

 いつも私を大事にしてくれて。

 私を子供を産む道具と見ていなくて。

 私を家来だとか考えていなくて。

 私の意見を聞いてくれて。

 私の意思を尊重してくれて。

 私は十兵衛と一緒にいるのが普通になって。

 私の心は徐々に十兵衛を好きになっていって。


 だけど――――そんな優しさとは裏腹に。


 十兵衛は実の父親を本当に憎んでいて。

 敵には情け容赦ない性格で。

 その為に、敵となった人間を殺すことを躊躇わない。

 そんな男の子だった。


 あの騒動から八年後。

 十兵衛は元服を迎え、さらに二年後に名字が加藤から藤亜へと変わった。

 彼が戦場に駆り出されるのは、ある意味自然なことだと、私でさえ思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る