第19話 前哨戦

 鳴り子山に最初の爆発音が鳴り響いてから、約一時間が過ぎた。

 現地雇用の傭兵と奴隷の一団は大損害を出しながらも、山腹の真ん中辺りまで前進していた。

 藤亜たちが仕掛けた罠の数々――爆薬の樽や巨大な岩を使った落石で、死傷者は少なくとも百人を超えた。

 それに加え、藤亜や甚八、さらには蘭による狙撃や、森人や神州人の弓矢により、三十人以上は怪我をして後退したはずで、奇兵隊を率いる藤亜としてはまずまずの戦果と読んでいた。

 敵も馬鹿ではないはずで、急な斜面を無理矢理登って突撃してくる敵兵を予想し、何名か周囲の警戒に着かせているが、そのような気配が一切なく、逆に戸惑っていた。

 捨て駒たちに丁寧に全部の罠を踏ませて、茨十字騎士団の安全を確保しようというのか……。

 そうとしか考えられなくなった藤亜は、部下に山道の何カ所かを倒木で塞ぐように指示した。

 罠の一部として、既に山道沿いの木々を途中まで斧やのこぎりで切っており、倒れないように支えている支えやかませを外せば、即座に倒れる。

 徒歩の敵兵には大して効かないが、馬には厄介な障害で、十分な時間稼ぎになる。

 部下の一部が素早く木々を倒すのを視界の片隅に納めながら、藤亜らは周囲に目を配る。

 散発的な攻撃で損害が増えているのは、もう分かりきっているはずだ。

 ……いや、敵に合わせすぎるな。

 最前線で考え過ぎても意味はない。

 何よりも大事なことは、ここではもう使える罠がなくなったことだ。


「――第一防衛線を放棄! 第二防衛線で守るぞ!」


 藤亜は立ち上がると大声で叫んだ。合図として笛も三度吹く。

 敵に知られてもいい。

 まずは味方を取り残さず遅滞作戦を行い、一人も失うことなく本隊と合流しなくては。


「おう!」「はい!」「了解!」


 藤亜の命令が聞こえた味方から次々と声が上がり始め、藤亜も蘭と甚八を従えて走る。


(だが、なぜ…………)


 昨日見た、敵最強の騎士たちが前に出てこない?

 藤亜十兵衛は、その動きに最大級の警戒をしていた。




 ユードリッド男爵率いる茨十時騎士団は、未だに鳴り子山の麓にある山道の入り口から一歩も動いていなかった。

 騎士もその従者たちも、特に焦ることなく休憩している。一部の者たちは紅茶まで飲み出す始末。

 それを見てもユードリッド男爵は怒ることもなければ、叱ることもなかった。

 むしろ、それを推奨していたし、本人も紅茶を飲んでいた。

 彼は十兵衛の読みとおり、雇った傭兵と奴隷を使い潰す気でいた。

 督戦隊として出していた騎士四名が戻ってくる姿を見つけると、やおら立ち上がって指示を下す。


「皆の者! 罠の駆除が粗方終わったぞ! 今より十分後に出撃! 踏み潰すぞ!」

「「「「おう!」」」」


 勇ましい鬨の声とともに二百名近い軍勢が、まるで微睡みから目覚めた獅子のように動き出す。

 それらの脇を抜け、督戦隊に出ていた一騎の騎馬が、日陰で涼んでいる白銀の鎧を着込んだ女騎士に近づいていく。

 急ごしらえの椅子に座っていた白銀の女騎士――聖騎士エスメラルダ・パラ・エストラーダは、立ち上がると偵察を兼ねて督戦隊に参加していたオルデガルド帝国陸軍斥候兵のリリアーヌを笑顔で出迎えた。


「お帰りなさい、リリアーヌ。敵陣はどう?」

「思った以上に固い」


 リリアーヌは馬から下りると、従者が運んできた水を一息に飲み干した。

 初夏の戦場に鎧を着込んで立つと、何もしなくても体力を失っていく。直射日光に当たれば、鉄の鎧はあっという間に熱を持つ。これが意外と馬鹿にならない。熱中症や日射病は命に関わる病気だからだ。


「何回か爆音が聞こえてきたが、敵は途中に大砲でも据えているのか?」


 近衛騎士のアマダも気になっていたことを聞いた。もしも大砲があるのであれば、正面突破には多大な犠牲を覚悟しなくてはならない。


「いや、それは確認できていない。爆発音は、敵が投げ込んだ樽が爆発した音だ。奴ら、火薬を詰めた樽を何度も落としてきた。火薬がある以上、敵に大砲がある可能性はある。山道が狭くて、逃げ場がほとんど無いから結構な被害が出てる」


「それでも、攻めると?」


 次にリリアーヌに聞いたのはエカチェリーナ。

 神官である彼女も、今日は僧衣の下に鎖帷子を着込んでいる。


「敵が倒木で道を塞いで引いた。私から見ても遂に火薬がつきたか、矢が尽きたか。ここら辺で押す頃合いよ。奴らの後ろに回った斥候からはまだ何も連絡がない。ということは今も監視継続中で、そのままエルフを追って城の後方地域へ―――海岸に向かったはず」

「船……?」

「だろうな。それ以外、我々から逃げる手段はないだろう」

「そうね」


 リリアーヌの推論にエカチェリーナは同意し、エスメラルダは覚悟を決めて白い愛馬に飛び乗った。


「行きましょう。この戦いは、もうどちらかが倒れないと止まらない。だったら、私は母国を選ぶわ」


 青い瞳には微かに憂いが垣間見えたが、決意を宿した眼光に嘘はない。

 白銀の鎧に刻まれた魔術刻印が揺らめき、赤みがかった少女の金髪までも光を帯びる。

 それは伝承に語られる戦乙女を思わすような凜々しい姿だった。

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