4-6

 プラネタリウムの施設の裏手に回ると、整備された芝生が一面に広がっていた。


 その芝生の上を我が物顔で歩くのはやすみで、その後ろを恐る恐る着いて行くのはコンビニ袋をぶら下げた俺だ。


「ここにしましょう!」


 立ち止まったやすみの目の前には、見晴らしの良い景色が広がっていた。


 プラネタリウム側が小高い丘となっていて、下界に広がる森を見渡せ、遠くに見える青々とした山々がこちらを見下ろしている。


 これで晴れていれば申し分なかっただろうが。


「これも、予定通りなのか?」


 やすみがフフンと鼻をならし、勝ち誇ったように腕組みをして


「お母さんが教えてくれたの。お父さんとの初デートはここだったんだって」


「えっと……それって、えー、ん?どういう意味だ……?」


 やすみの返答に驚いてしどろもどろになってた。

 ……それは、俺を意識しているということなのか?

 ん?


 そんな俺の様子がおかしかったのか、やすみはカラカラと笑う。


「その時に、ここでピクニックしたって言ってたのを思い出してね。私もしてみたいなーと思ったの。だから別に、特別な意味はないよ」


 安心したような、残念なような、複雑な気持ちにさいなまれていると、


「じゃあ早く食べちゃおうよ。雨が降って来ないうちに」


「ああ。そうだな」


 見上げた、曇天の空模様は今にも泣き出しそうで、目の前の太陽みたいな笑顔を浮かべるやすみとは対称的だ。


「じゃあ、早速だけど」


 言って、やすみの手が俺のぶら下げるビニール袋へと手が伸びる。


 ビニール袋を両手で広げて見せると、その中から選りすぐるようにして鮭おにぎりと、カフェオレを取り出し、ニシシとイタズラに微笑む。


 あっ!?そのカフェオレは俺が選んだだったんだけどな。

 ……まあ、いいだろう。


 仕方がないから、やすみが選んだオレンジジュースを手に取って、ツナマヨおにぎりを消去法で取り出す。


 俺も取り出したのを確認するとやすみは芝生の上に腰を下ろし、俺にも同じようにするように促した。


 それに従い、やすみの正面に座ると待ってましたと、ご飯を食べる前の儀式、呪文を唱えた。


「では、いただきます」


「いただきます」


 封を切っておにぎりにかぶり付く。

 ハムハムとおにぎりを頬張るその姿は、まるでハムスターのようだ。


「ん?なに?」


 じっと見ていたもんだから、俺の視線に疑問を持ったのか、ジト目でこちらを一瞥。


「なんでもないよ」


 そう返答をして、すぐに俺もおにぎりの封を切ると、やすみから視線を外して食べ始めた。


 しばらくは二人黙って食べていたのだけど、先におにぎりを食べ終えて口を開いたのはやすみだった。


「最近、朝練習してるんだってね。今日もしてきたの?」


 やすみが知るはずかない情報だ。

 唇の片方をクイッとあげて、目を細め


「……なんで知ってるんだ?」


「んふふ。知りたい?」


 唇を掌で覆い、蠱惑的な笑みを浮かべ


「うん」



 やすみは実はね、とたいそうにまえ振りをしてから



「泰明君に教えて貰ったの」


「泰明に?」


「そう。お見舞いに来てくれたんだ」


 泰明はやすみが入院している事は知らないはずだが……

 いつの間にか連絡先を交換でもしていたのだろうか?


 きっと俺の顔に疑問が浮かんでいたのだろう。やすみは続けて


「たまたま病院で会ったの。泰明君の本来の目的はおばあちゃんのお見舞い。そのついでに来てくれただけだよ」


「そうなのか」


 泰明のおばあちゃんが入院していると言うのも初耳だったのだけど、泰明がやすみのお見舞いに行っていると言うのも初耳だった。


「ふーん」


 ふと、今日の早朝の泰明との会話が思い起こされた。


 泰明はなぜか今日、俺がやすみと出掛ける事を知っていた。


 あれは、やすみ本人から聞いたという事だったのか。


「なにか不服?」


「いや。別に」


 やすみにはそのうち話すつもりではあったのだけど、今話してしまえば気を使わせてしまい、やすみとすごす時間が減ってしまうのではないかと危惧していた。


 やすみにはそういうところがある。ここ数ヶ月の付き合いで知ったんだ。


 だけど今、トレーニングをしているという事を知ってしまっている以上、俺の最終的な目標も泰明から聞いてしまっているのだろうと予想ができた。


 それなら、今この場で白状してしまおうと思った。


「……隠してたつもりはないし、そのうち自分の口からちゃんと話すつもりではいたんだ」


「なにが?」


「泰明から聞いただろ?来年、高校受験をしようと思ってるんだ」


「えっ!?そうなの!いいじゃんいいじゃん!」


 思いもよらぬ反応が返ってきて、一拍反応が遅れてしまった。

 まるで何も知らなかったような反応。


 もし、全てを知った上でえんぎしているのならアカデミー賞、主演女優賞ものだ。


「……ん?もしかして聞いてなかった?」


「知らなかった。初耳。でも良いと思うよ!

 とてもとても」



 やすみが俺に向ける笑顔は純真だ。

 きっと、その言葉にも態度にも嘘は一つも混じっていない。


 だとするならば、今この場でした告白は悪手だ。時間の猶予がないに等しいのに、そんな事を聞いてしまったらやすみは……


「こうして遊んでいられる時間も減っちゃうね」


 そして付け足すように今にも消え入りそうな声量で「でも、ちょうど良かったかも」と囁いた。

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