3-10

 自分でも奇跡と思うほどのデキ。

 後輩達が俺に、忖度をしたのではないかと思う程の快投だった。

 二者連続三振で、なんとかピンチは切り抜けられたのだ。


「涼、ナイスピッチ。やればできんじゃん」


 日影に先に戻っていた泰明が、俺の頭を小突く。


「ありがと。でも負けてるからな。俺のせいで」


「そう卑屈になるな。みんな!!ちょっと良いか!?集まってくれ!!やすみちゃんも」


「えっ私も?」


「うん。やすみちゃんも。マネージャーなんだから当たり前でしょ」


 泰明の指示でが、泰明の周辺になんとなく雑多に集まる。


「おいおい。違うだろ。忘れたのか?丸くなるんだよ。やすみちゃんは、その真ん中」


 九人が円となってやすみの周囲を囲んだのを確認すると、一つ頷き泰明は深く深呼吸をしてからこう叫んだのだ。


「こんな可愛い子が見に来てくれてんのに、こんな不甲斐ない試合で良いのか!?」


 唐突に発せられた大声に驚いたのか、やすみは目をしぱしぱと瞬かせている。


「おい!返事はどうした!?涼!」


「え?俺?」


「『え?俺?』じゃないだろ!!返事は!?」


 返事ね……こんな不甲斐ない試合で良いのか?そう聞かれたのなら答えは簡単だ。


「良くない!」


「うん。そうだろう。浜田は!?」


「……いいわけ、ないわな」


「そうだろう。大橋は!?」


「良くない……と思う」


 泰明は時計回りに同じ質問をしていく。もちろん八人全員が『良くない』と答えた。



「うん。うん。みんなそう思ってるんだな?」


 泰明の問いかけに俺を含めた全員が頷く。


「よっしゃ!!やすみちゃんにみんなで勝利をプレゼントするぞ!!涼、なんか一言」


 今まで、俺の事なんか誰も見ていなかったのに、全員の視線が俺に注がれていた。


 きっと頭の良い人は、みんなを鼓舞するような気の効いたセリフが言えるんだろう。

けれど気の効かない俺の脳裏に浮かんだ言葉は一つだけだった。



「みんな!!俺を、俺を男にしてくれ!!」


 今まで俺を無視していたチームメイト達が、どっと沸いた。


 やすみは顔を真っ赤にして俯いている。


「おいおい、高木?真っ昼間っから何を言い出すんだよ」


 腹を押さえながら突っ込んで来たのは浜田だ。


「いや、別に、そんなつもりで言った訳じゃ……」


「冗談だよ。よし、みんな高木の為にもやすみちゃんの為にも追い付いて、逆転するぞ!!」



「「「「オー!!」」」」


 高い高い夏の終わりの大空に、俺達の雄叫びはどこまでも響いていた。


 __________________________________________




 先頭の大橋は、十球も粘ってピッチャーゴロ。

 続く大枝も気迫でなんとか食らいつき七球粘ってショートゴロも、かなり球数を投げさせられた清水は呼吸を乱し、肩で息をするようになっていた。


 そのせいかコントロールを乱した清水は、柴田にフォアボールを与えると、続く阿部には甘く入ったチェンジアップをすくいあげられセンター前ヒット、そして山形にはデッドボールを与えツーアウト満塁。


 俺達OBチームは一打同点、長打が出ればサヨナラ勝ちのチャンスを迎えていた。


 そして、迎えるバッターは俺、高木涼。


 審判、キャッチャーに挨拶をしてから打席に入る。

 バッターボックスから見る清水はかなり疲弊していた。


 案の定、清水の投じた一球目は外角に大きく外れてボール。


 この分なら、俺が手を出すまでもなく泰明に繋げられる。ヒーローならきっと一打で決めてくれる。


 続く二球目も当然のようにボール。

 あと、二球見逃せば俺の仕事は終わる。


 そういやあの時は、自分がヒーローになろうとして、無理にボール玉に手を出して凡退したんだっけ。


 そして、俺達の夏は終わった_______________



 顧問の指示も無視をした、自分のエゴの為だけの行動の結果だ。


 当然、俺は叩かれた。直接手を下してくる者はいなかったのだけど、言葉の暴力で精神を追い詰められた。泰明以外は、誰も俺とは話してくれなくなった。

 でも、その泰明でさえも俺の陰口を言っていた。それを聞いてしまった。


 あの日以来、人の視線が、話し声が怖くなった。集団が恐ろしくなった。


 そんなの当然だよな。みんなが怒るのはよくわかる。

 俺一人の行動のせいで、みんなの三年間を棒に振ったんだ。


「ボールスリー」


 清水の投じた三球目も当然のようにワンバウンドしてキャッチャーミットに収まった。


 あと一球で、泰明に回せる。

 あの日の間違いを、今日ここで正せる。これも自己満足以外の何物でもないのだろうけど。


 泰明の方に一度視線を送ると、あの日と同じ視線をこちらに向けていた。

 安心してくれ……今日はちゃんと泰明に回るから……


 俺の胸中なんて知らない清水が、里崎から返球を受けとると、間を置かずに四球目を投じた。


 ________投じた瞬間に、清水の顔が歪んだのがわかった。


 俺も球筋を予想して自然と体が反応していた。

 失投だ。それも、打ち頃のど真ん中。


 打っちゃいけない。頭で気がついてバットを止めようとするがもう遅い。

 なんとか軌道を剃らして……



「打てー!!涼ー!!」


 誰かが叫んでいた。俺の背後から、いや、ベース上から。四方から俺を鼓舞する声援が上がっていた。


 俺、打って良いのか?


「涼くーん!打ってー!」


 迷う俺の背中を後押ししたのは、一際耳に、頭に響く女の子の声だった。


 うん。わかったよ。俺________




 カキーン!!


 次の瞬間、グラウンドには甲高い金属音が響き、白球は空高くグングンと舞い上がって空に吸い込まれて行った。

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