3-9

 六回の裏の攻撃は、疲れの色が見え始めコントロールが乱れ始めた清水を前に、俺が三振、後続の泰明はライト前ヒットで出塁したものの浜田三振、高橋はストレートを真芯で捉えられたものの、惜しくもセカンド正面でアウト。


 ここで後輩達の気持ちを折るためにも、突き放しておきたかったところだけど、スコアは変わらず1-2と俺達がリードしたまま最終回、七回を迎えていた。


「あとアウト三つだ。平常心で行こう!」


 泰明は扇の中心で声を張り上げる。その後すぐに、マスクを被りなおすと定位置で腰を落とす。

 それを見た審判役の後輩がプレイを宣告する。


 迎えるバッターは六番の青木、泰明からのサインはストレート。

 泰明の支持に従ってストレートを投じる。コースも申し分ない、ストライクゾーンギリギリのインコース高め。


 青木が手を出すも、捉えきれずにボテボテのゴロが俺の前に転がった。

 こういうゴロは、変則回転がかかっているからお手玉をしないように慎重にグラブに納めファーストに送る。


「アウト!!」


 よし。これで後二つアウトを取れば勝利で終われる。なんとなしにやすみの方に視線を向けると目が合った。


「涼君、かっこいいよ!」


 思わずドキッとした。

 だけど、なんて答えたら良いのかわからないから、聞こえていない、目も合っていないふりをしてホームベースへと視線を戻した。


 次に迎えたバッターは宮本。

 宮本は二球で簡単に追い込んだものの、そこから三球粘られて甘く入ったチェンジアップをセンター前へ、続く里崎にはフルカウントとなってから五球粘られたあげくにレフト前へ、続く清水には際どくも、ストライクが入らずフォアボールを献上し、ワンナウト満塁。


 逆転のピンチだ。

 嫌な汗が額を伝う。



 ここで迎えるバッターは鈴木。去年は俺達の控えだったものの、バットに当てるのがうまいこういう場面では一番相手にしたくない嫌なタイプのバッターだ。


 ピンチなのに関わらず泰明は、タイムを取る素振りすら見せず、サインを出すとアウトコース低めにミットを構えた。


 俺は一つ頷くと泰明のミット目掛けストレートを投じた____________


「あっ……」


 投げた瞬間にわかる、失投だった。


 求められたコースより少し高めに浮いたストレート……シュート回転して、ど真ん中へとスライスしていく。 思わず目を閉じた。



 その次の瞬間には『カキン!!』

 金属とボールが正面衝突した甲高い音が鼓膜を震わせた。


「センター!!」


 泰明が叫んだ。

 目を開けて、センター方向へと目を向けると、ややセンター寄りセンターとライトの間に、ライナーが襲いかっていた。


 速い打球なセンター高橋は追い付けず、着弾し転がるボールを背走して追いかける。

 その間にもランナーは一人、二人と帰ってくる。


 高橋が追い付いつき、内野にボールを送る頃には既に鈴木はファーストを回りセカンドに悠々と到達。

 一塁ランナーもホームに帰り4-2。


 最終回の土壇場で、逆転を許す事になってしまった。そしてなおもワンナウト、二塁のピンチ。


「悪い。コントロールミスした」


 タイムを取って、こちらに歩いてきた泰明にそう告げた。


「涼はさ、年上と年下どっちが好きなの?」



「はっ?なにを言ってんだよ、こんな時に」


 こんな大事な時に何を言い出すんだ?全くもって意味不明だった。


「女性の話さ。俺はさ、どっちかと言ったら年下が好きなんだけど、涼は?」


「そういう意味でなに言ってんだって言った訳じゃないから!そんな話してる場合じゃないだろ?回りをよく見ろよ」


 内野陣は誰もマウンドに集まって来てはいないが、まだ誰一人この試合を諦めてはいない。

 俺達の回りの空気以外は、緊張感が支配している。

 そんなことが、わからない奴ではないはずなんだけどな……



「こんな時でもないと、涼とこんな話する機会もないだろ?それにしてもやすみちゃん可愛いよな。花火大会の日、初めて見た時から良いなと思ってたんだよ」


「泰明?どうした?らしくないぞ」


「だから、この試合が終わったら連絡先交換してもらおうと思ってるんだ」


「は?お前なに言って……」


「だって、涼の彼女って訳じゃないんだろ?さっきただの友達だって言ってたろ?」


「それは……」


「それなら問題ないよな」



 こいつは俺から全てを奪うつもりなのだろうか?

 エースの座、四番の座、キャプテンの座、そしてやすみ。

 ……でも、その方がやすみにとっても良いのかもしれない。

 きっと、泰明ならやすみの決意すらも簡単に変えられるだろう……だけど……それでも……


「……それはダメだ。泰明、お前であっても、それだけは譲れない」



 きっと頭に血が昇るとは、おそらくこういう状態を指すんだ。

 視界がやたらチカチカとしていて、鼻の通りがスースーと良いように感じる。

 そして、気がつけば泰明の胸ぐらを掴もうと手を伸ばしていた。


「ふっ」


 泰明はなにも答えずうっすら微笑むと、俺の手を払い、グラブを俺の胸の辺りに軽く当ててこう言ったんだ。


「そう、その目だよ。その目を、その気持ちを忘れるな」


「はっ?どういう意味だよ?」


 言っている意味がわからなくて振り払われた手を再度泰明へと伸ばそうと________


「安心しろ。今言った事は、全部嘘だ。

 涼があまりにも不甲斐ないから、少し渇を入れようと思ってね。どうだ?少しは闘争心を思い出したか?

 昔のお前はそんなもんじゃなかったはずだ。何に対してももっと向かっていく気持ちがあった。かっこよかった。

 それなのになんだ?さっきからの不甲斐ない態度は。別に打たれたって良いじゃないか、あの頃みたいに、もっと気持ちで向かって来いよ!俺のライバルは、お前しかいないんだからな」


 雷に打たれたような衝撃だった。泰明に嘘をつかれた事が?

 違う。


 説教されたことが?

 違う


 ずっと今の今まで、泰明には相手になんてされていないと思っていた。

 でも、違ったんだ。泰明は俺の事を認めてくれていたんだ。ライバルだと思ってくれていたんだ……


「せっかく見に来てるんだ。やすみちゃんにカッコ悪いところ見せんなよ」


 言うだけ言って、泰明は定位置へと戻って行く。その背中に聞こえないくらいの声量で呟いた。


「言われなくても……そうするつもりだ」

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