3-6
スパイクの刃が土を蹴るザシュという音と同時に、白煙があがる。
「ストライクスリー!バッターアウト!」
後輩チームの先発、躍動する清水の前に成す術もなく三球三振をきっしてしまった所だった。
あいつもなかなか成長したもんだ。
泰明、俺に続く三番手投手だった頃よりも、球威も自信も満ち満ちている様子だ。
なんて自分が凡退した言い訳を心の中で反芻していたのだけれど、実際の所は俺が野球から離れていたブランクも影響しているのだろう。
と更に言い訳に言い分けを重ねながら日陰に戻ると、芝居がかった口調のやすみが独り言を話すようにこんな事を言っていた。
「涼君、惜しかったなー。あと二十センチくらい下振ってたらバットに当たってた!うんうん。本当に惜しかったなー」
独り言にしてはあまりにも大きすぎる声量。
間違いなく俺に向けられている物なのだろうがその反応は傷つくぞ……
にしても二十センチって俺の感覚ではもっと近くを振っているつもりだったのが……
「行けー!!泰明!!一発かましたれー!!」
声を荒げ、泰明を鼓舞するのは大枝。
「ピッチャーびびってるよー」
「はいはい。リーリーリーリー」
大枝に続くように、阿部と浜田も声を出す。
俺の打席では上がらなかったチームメイトからの応援。応えるように泰明は左打席から右手をあげる。
約一年前、一緒にプレイしていた時には俺の打席、登板時に
「やっぱりみんな許してくれていないんだな……そりゃ、そうだよな……」
気がつけば、あの日の事を思い出していた。
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スコアは4-3、一点のビハインドで迎えた七回裏の攻撃。
ツーアウトで回ってきた打席だった。
相手ピッチャーは疲れの色を隠せず、制球を乱しツーアウトを取ってから三者連続での四球を出して、満塁だった。
ピッチャーの疲労具合を見ても、簡単に手を出す必要はない。
野球部顧問からも『追い込まれるまでは手を出すな』と指示されて打席へと向かった。
審判、相手キャッチャーに挨拶をしてから打席でのルーティンを開始する。
それらを全て終えて相手ピッチャーと対峙した。
相手ピッチャーはあきらかに肩で息をしている。かなり疲労していることが一目でわかった。
そして投じられた第一球目は、セットポジションからの投球で、外角に大きく外れるボール玉。
続く二球目、三球目も同じようなコースにボール玉が続いた。
気がつけばカウントはスリーボール、ノーストライク。
次のボールも見逃せば楽々同点になるだろう事は、安易に予想ができた。
きっと、チームメイトもみんなそう思っていた事だろう。
「はいはい。ピッチャーびびってるよー!!」
「見ていこう!見ていこう!」
敗色濃厚だった試合が、よもや逆転勝利できるかもしれないとあって、チームメイトの応援もヒートアップしていた。
俺の後ろの打者は泰明。きっとあいつなら、易々と決めてくれる事だろう……
後から思い返せば、あの頃の俺はいつもヒーローな泰明を、無意識にライバル視していたのかもしれない。
エース争いで泰明に破れ、四番争いも泰明に負けた。
それだけじゃない。
友達の家に集まってやったゲーム、学校のテスト、体育祭でのリレー、野球以外も全て泰明にはずっと負けっぱなしだった。
どこでも、いつでも泰明はみんなのヒーローだった。
そう。あの時ふと、チームプレイにおいて決して考えてはいけない事が脳裏をよぎったんだ。
『俺もヒーローになりたい』と。
ネクストバッターズサークルに控える泰明に視線を向けると「俺まで回せ」と「ヒーローは俺だ」と言っているように思えた。そう見えた。
もちろん泰明は、一言もそんな事は言っていない。きっと俺が勝手にそう思い込んでしまっただけだ。
でも、そう思ってしまった瞬間に、俺の心は嫉妬に、憎悪に、虚栄心に支配されてしまったんだ。
そして俺は……
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「涼君どうしたの?一人でぶつぶつ言って」
独り言を不審に思ったのだろう。
いつの間にかやすみが俺のそばまで移動してきていて、顔を覗き込むようにこちらを見ていた。
「ん。いや、なんでもない」
やすみのお陰で忘れかけていた、大切な事を思い出した。
今、この場では俺の事はどうだっていい。
みんなに嫌われていようがどうしようが、今やすみのいる前で持ち込む問題ではない。
大切なのはやすみの気持ちを変化させられるかどうか。楽しませられるかどうか。それだけなのだから……
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