3-5

 一回の表、後輩達の攻撃は泰明が後続の三番今江、四番小笠原を難なく打ち取って俺達の攻撃、裏へと続いていく。


 一塁側の日陰に戻る時、エラーをした手前、泰明に一言声をかけた方がいいのかなとも思ったのだけど、外野から俺を追い越していった大枝が先を越して話しかけていたので諦めた。


 泰明の背中を追って、俺もベンチ代わりの日陰へと到達すると


「涼君、ちょっといい?」


 泰明の用意してくれたレジャーシートに座り、怒気をはらんだ声色でありながらやすみは笑っていた。

 ちょっと怖い。 いや、かなり怖い。


「はっ、はいなんでしょう?」


 言いたい事はなんとなく理解できた。なんで説明もなく連れてこられて野球観戦をさせられているのか、そして……


「なんで、あの人と涼君が一緒に野球をしているの?」


 言いながらやすみは視線を向ける。視線の先には当然、泰明の姿がある。

 泰明も視線に気がついてこちらに手を振ってきたのだけど、やすみは視線を剃らした。ごめんな泰明。


 今回この場を設けてくれたのは、泰明だ。

 あの日から今日に至るまで、あんな態度をとってしまっていた俺に、嫌な顔一つせずに、ましてや事情も聞かずに『涼がまた野球をやりたいって言ってくれて嬉しいよ。俺から話を通しておく』と言い放った善人だ。


 あの花火大会の日のイメージしかないやすみには、泰明の全てが悪く見えてしまうのは仕方のない事なのかもしれない。

 実際、本質的にはいい奴なのだ。



「それは……」


 しかし、これをどう説明したら良いものなのか、俺は言い淀んでいた。俺のせいで勘違いをさせしまっているのもあるし、一言や二言では簡単に説明できる事ではなかったから。


 今の俺の様子を端から見ていたら、きっとマゴマゴとはっきりしない男に見えるにちがいない。


「ふーん、そう。でもまあ、今はいいわ。そんなこと」


 言うや、やすみは口角をあげて不適な笑みを浮かべる。


「やるからには、絶対勝って!」


 そして俺にハイタッチを求めるように頭上に手を掲げた。


 一瞬、やすみが何を考えているのかわからなくておかしな顔をしていたと思う。

 そんな俺の様子を見てか、やすみは俺の眼前に更に手を付き出したんだ。


 良くわからないけど、やすみが納得してくれたんならそれで良い。

 俺は了解の意味を込めてハイタッチに応じた。やすみの小さい掌と軽く手を合わせた音の鳴らないハイタッチで。


「ああ。そうだなマネージャー」


「えっ!私、マネージャーだったの?マネージャーってなにすればいいの?えっえっえっ?」


「俺達が勝つように応援していればいいんだよ」


「涼、ネクストに入っとけ」


 少し遠くから声をかけて来たのは泰明だ。

 どうやら一番打者の阿部が凡退して、打席には二番打者の山形が向かっていく所のようだ。


「ああ、わかった」


 ちなみに俺は、三番打者だ。

 野球のルールでは、打席に立っている次の打者は、ネクストバッターズサークルと呼ばれている円の中で待機していなければならないのだ。


 返事をしてすぐに、自前のバットを担ぐようにして担ぐとネクストバッターズサークルへと向かう。


「涼君。絶対に打ってね」


 そんな俺の背中に応援の言葉が投げ掛けられた。

 もちろんその声の主はやすみで、どんな表情をしているのかはわからない。

 でもその応援はなにか、とてつもない力になるような気がした。

 やすみの未来の為に……俺は絶対に打つ!!


 

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