3-3

「ここは……?」



 やすみを連れてやってきたのはこの田舎町では珍しくもなんともない田んぼ道。

 俺達の立っている場所には、まだかろうじて街灯が存在してはいるが、空が曇っている事もあって10メートルほど先は暗闇、様子を伺う事は出来ない。



 こんな所に何があるのかとやすみは疑問を持ったのだろう、頭上にクエスチョンマークをうかべて首を捻る。


「こっちだ」


 自転車からライトを取り外し、やすみの手を引いて、街灯の存在していない砂利の引かれた農業道路へと向かう。


「えっ?なになに?本当になに?」


 不安げな様子で少しへっぴり腰で付いてくるやすみ。いつも夜中は病院の暗い屋上で過ごしているくせに、自然界の暗闇は怖いらしい。


「少し進めばわかるさ。明かりがある所ではダメなんだ」


 自転車のライトを懐中電灯代わりに砂利道を進んでいく。

 ここに来るのも、親父がまだ健在だった小学生低学年以来の事か……なんて昔ここでの思い出を脳裏で噛み締めながらやすみの手を引く。



「なにそれ……?涼君本当になんか変なことするつもりじゃないよね……?私まだ心の準備が……」


「俺ってそんなに信用ないのか……?一つだけ言わせてもらう。そんな事は微塵も考えていないから心配するな」


「あっごめんね。信用してないとかじゃないの。ほら、いろいろとあるじゃない?いろいろとさ」


「……そうかい」


 言い訳を聞いて少し悲しい気持ちになりながらもやすみの手を引くことはやめない。目的地ほもう目と鼻の先だ。


「ここだ。下に降りるぞ。足元悪いから気を付けてな」


 言って行く先をライトで照らし出す。

 砂利道の左手、一段下がった所に小川のように土の壁で作られた、かすかな水の流れの小さな用水路がある。

 先に降りて足場を確認してから、やすみをエスコート。


「うん」


 降りた所でやすみにしゃがむように促すと、ライトを消した。


「消しちゃうの?真っ暗だよ?」


「消さなきゃ見えないからな」


「えっ?どういう事?」


 いまだに自分の置かれた状況を理解できていないようだが、まあ無理もない。

 以前、親父に連れてこられた時の俺もこんな感じだった。いや、もっと暗闇を怖がっていたかもしれない。


 時刻は午前2時過ぎ。

 天候、曇り。

 湿度も程よく高い。

 少し時期が遅い事以外は全て完璧なシチュエーション。


 あとは目が慣れてくれば……





 ほら、ぼんやりと見えてきた。



「えっ……?なにこれ!? ________キレイ……」


 やすみが驚嘆の声を向ける先にあるのは________無数の淡い光。

 三秒置きに点滅を繰り返す。

 数は少なく見積もって20ほど。


「やすみ星とか光るものが好きだろ?こんな田舎町だけどさ、地上にもこんなキレイな物があるんだぜ」


 今、俺達の眼前を飛び回る光の正体は________蛍。詳しい種類とかはわからないけど。


「________初めて見た……凄い________幻想的」


 やすみの言う通りだった。

 幻想的で、そして儚い、ほんの一時の輝き。

 その儚さは、やすみの姿とも重なる。

 蛍は成虫になってしまうとその寿命は二週間と短い。


「ああ……そうだな……」


 やすみと蛍の姿を重ね合わせてしまったせいで、心がズンと重くなる。なんとも言えない、きゅっと胸を締めあげられるような……


 同じ景色を見て、やすみは何を思うのだろうか?俺と同じ気持ち?それともまた別の……



「涼君。ありがとう……こんな美しい物を見せてくれて」



「……どういたしまして。________あのさ、また……」


 今はまだ、口にしないほうが良いとわかっているのに、俺の心が、情動が、抑えきれずに言葉を紡ぐ。


「________なに?涼君。なんか言った」


 きっとやすみは、聞こえているのに聞こえないふりをしてくれていたんだ。それなのに俺は……


「……良かったらさ、また________」


「涼君。約束したよね?」


「そうだよな……ごめん……」


「________今回は、良いもの見せてもらったから、聞かなかった事にしてあげる」


「うん」


 そして、静寂が訪れる。スズムシのリーリーリーという鳴き声だけが、辺りにこだましていた。



 そこから先は、会話をすることなく黙って蛍を見続けた。

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