3-2
「ほらほら!全然スピードがたりないよ!こんなもんで私が満足して成仏すると思ってるの!?」
自転車の荷台にまたがった指揮官が、情けない兵士に激を飛ばす。
言うまでもないと思うが、指揮官はやすみで、兵士が俺だ。
「そんな事言われてもさ、上り坂なんだよ。あーきっつ!」
気合いを込めてなんとか坂を昇りきり痙攣しかけている足を労いサドルに座ると、不意にやすみの吐息が耳にかかる。
「ふー」
驚いてハンドル操作をミスりそうになるが、すんでのところでなんとか持ちこたえて背後の指揮官に抗議をする。
「うっわ!そんな事したら危ないだろ!」
「涼君もまだまだね。常に気を張っておかないと!私は別にいつ死んだっていいのよ。……でもそうね、涼君を巻き添えにするってのはちょっと後味が悪いかも。これからは気を付けるようにするね」
「まったく、縁起でもない。しかもちょっとってなんだよ?」
当然、口にはしないがこちとら死ぬ気もなければ、やすみの事を死なせる気もない。
なにせ今は、やすみの説得をするために一人で昇るのもキツい坂道を、二人乗りで越えている最中なのだから。
「それで涼君。私達はどこに向かっているの?たしかに二人乗りをしてみたいとは言ったけどこんな人気のないところに連れてきて……まさか、なにかいやらしい事をするつもりじゃ……」
「はーっ!?しない!しないよ!そんなことするわけないだろ!」
「冗談よ。何をそんなに慌ててるの?あーやしー」
「べ、別に慌ててなんか……」
「ふーん。でもまあ、少しだけなら……いいよ。________ほら、こっち向いて」
「えっ!?」
やすみの呼び掛けに驚いて思わず振り返る。
すると頬に遠慮がちに何かが触れた。柔らかい感触の何かが。
「あはははは。涼君引っ掛かったー」
俺の頬に触れていたのはやすみの人差し指だ。別に何か期待していた訳じゃないし、がっかりしちゃいない。大事な事だからもう一度言う。がっかりなんかしてない。はぁ……
「これ、やってみたかったんだよね。普通に学校に行ってたらみんなやるもんなんでしょ?」
「はあ。やるよ。たしかにやる。でもな、そんなことするのは中学生くらいまでだ。俺達の年齢ではやらないよ……多分」
断定できないのは不登校で俺も学校に通っていないせいでもあったが、普通に考えたらやらないよな?
「へーそうなんだー。でも、これで死ぬまでにやりたい事またまた一つクリアー。今日だけで二つもクリアできちゃうなんて、良き日だね」
「なんか言葉遣いがおばちゃん臭いな。なんだよ良き日って」
別に何かを期待していたのに裏切られたから悪態をついて仕返しをしている訳ではない。……決してない。
「ムー。しょうがないじゃん。回りに年上の人しかいないんだから」
やすみが頬を膨らませているのは背中越しにでも十二分に伝わって来た。仕返し成功……いや違う。少しやりすぎたかもな。
「悪い……冗談だよ。で、さっきの答えだけどな、目的地には間も無く到着だ。これから下り坂に入るから落ちないようにしっかり掴まってろよ」
「えっ!?うん」
元気よく返事をすると、するすると腰に手が回される。やすみの、女の子特有の柔らかい感触がTシャツ越しに感じられて思わずドキッとする。
まあ、そうだよな自転車で掴まるなんて言ったら運転手に掴まるしかないわけで……別に嫌な訳じゃない。
ただ、俺の鼓動の高鳴りが、やすみに感ずかれてしまうのではないかと少し焦る気持ちを押さえ込むようにして、俺はペダルをよりいっそう強く踏み込んだ。
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