2-10
花火大会の日の夜にあった事を、なるだけ簡潔に朋美に打ち明けた。
そこまでは真剣な面持ちで聞いていたのだけど、俺が今悩んでいる事、やすみに抱いている劣等感。どんな顔をして会えば良いのかわからない事を打ち明けると朋美は声を大にして高らかな笑い声をあげたのだ。
「はっーはははは。まさか少年は、そんな事で悩んでいると言うのか。クククク、青い、青い、臭すぎるぞ少年」
言い終えても腹を抱えて、一切の遠慮をすることなく朋美はケタケタと笑い続ける。
「流石にその反応はひどくないですか?話したくないこと無理やり話させた癖に。……もう俺帰りますよ」
正直がっかりした。少し前までは、俺の話を真剣に聞こうとしている。相談に乗ってくれようとしている。そう判断して俺は話した。
でも、実際の所は違ったんだ。この人はただの酔っ払いで、俺ややすみの話を酒の肴に面白おかしく酒を飲めればそれで良かったんだ。
なんで俺は、この人を信用して話をしてしまったのだろう。唇を噛みしめ俺は立ち上がる。
「おいおい。少年、どこに行くつもりだい?話はまだ終わってないだろう。笑ってしまったのは悪かったよ。落ち着いて座りたまえよ」
「いえ。もう朋美さんと話す事はありません。帰ります」
「ふーん。そうかい。そうかい。解決の方法ならお姉さんが教えてあげられると思ったんだけどねー。少年が帰りたい。そう言うのなら仕方のないことだね。無理強いは良くない。うんうん」
どうも引っ掛かりを覚える口上だった。でも、きっとそれも、俺をからかっているだけなのだろうと思うと無性に腹が立った。きっと朋美は解決策なんて持ち合わせていないのだから……
「……バカにしやがって。本当は答えなんて持ち合わせてないくせに。そんなに……そんなに悩んでいる人を弄ぶのは楽しいですか?最低ですよ」
「少年、笑った事は本当に悪かったよ。それは謝る。……でもね、『答えを持ち合わせていない』それに関しては心外だね。答えはある。とても簡単な事なんだよ」
「じゃあ、今すぐ答えて下さいよ。俺はどうしたら良いんですか?答えられませんよね。……俺がどんな顔をしてやすみに会えば良いのか、真剣に夜も寝ないで考えても出ない答えを、今さっき聞いたばかりの朋美さんが出せるはずがないんだ!」
叫ぶように言いきると俺はテーブルを両手で強く小突いていた。勢い余って手に当たった皿が缶チューハイを押して倒れ、カランカランと無機質な音が部屋中に響き渡る。飲みかけだったチューハイがこぼれてしまっていたのだけど、そんな事は気にする様子もなく朋美はこちらを優しげな瞳で微笑みかけながら________
「問題と近ければ近いほど、とっても簡単な事なのに、見失いやすいものなんだよ。________少年が、みーちゃんに謝る必要なんて一つもない。ただ『ありがとう』そう伝えればいいんだ」
「ありがとう……」
「そう。ありがとうだ。少年は良かれと思ってしてあげた事で謝られたいのかい?少年目線で考えれば、謝らなければならない。どんな顔をして会えばいいのかわからないと思うのも、無理もない事だと思うけどね」
朋美の出した答え。『ありがとう』は目から鱗だった。
花火大会に連れていってくれてありがとう。
泰明から庇ってくれてありがとう。
気を使ってくれてありがとう。
確かに全て『ごめんなさい』より『ありがとう』が相応しい。
「障害があるとすれば、少年のプライドのくらいかな」
プライド?そんなもの俺にはない。そんなものがあったのなら不登校なんかになってない。
「朋美さん悪いんですけど、俺もう帰ります。相談に乗ってくれてありがとうございました」
朋美の答えを聞く前に、俺は部屋を飛び出した。今すぐに会いたい。今すぐに伝えたい『ありがとう』を。
携帯電話を取り出し、ずっと返信していなかったやすみにメッセージを送る『15分後に屋上で』と
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「全く若いってのはいいねー」
涼の飛び出していった部屋で一人、朋美はタバコに火をつけるとゴミ袋が多数置かれたバルコニーに移動する。
そして少しずつ遠くなっていく涼の背中を見送りながら呟いた。
「頑張れ。少年……」
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