2-7
昼下がりの自宅前、眠い目を擦り、欠伸を噛み殺しブロック塀に腰をおろしてぼんやりと考え事をしていた。
こんな所になぜ座っているのかと言えば、自転車を停めている公園まで、やすみの母親に送ってもらう事になっていたためだ。
「ふぁー」
それにしても眠い。考え事をしようとしても眠気が邪魔をして思考がクリアじゃない。
困った事に昨夜からずっとこんな調子だ。
眠ろうと目を閉じる度に昨夜起こった出来事が鮮明にフラッシュバックした。
大空に咲き誇る花火が、その花火を見つめる悲しい顔をしたやすみが、やすみの語った夢、俺が諦めた夢、泰明との望まぬ再開、助けに戻ってきてくれたやすみ、俺を傷つけまいと過去の事は聞こうとしなかったやすみ。きっと傷つけてしまったのに俺の事は傷つけまいと気づかうやすみ。
「はぁ……」
考えれば考えるだけ、やすみに合わせる顔がない。今日、ここにやすみが来ない事がせめてもの救いだ。
やすみは一日だけ許された特別な外出を終え、今頃は病室に戻っている頃合いで、やすみの母親がここにやってくるのは、やすみを病院に送り届けてからと聞いていたのだ。
次にやすみに会ったとき、どんな顔を向ければ良いのかと思いを巡らせていると、視界の端に一台の車が停車したのをとらえた。
そちらに顔を向ける。グレーのセダン。昨日乗せてもらった車だ。
そして、助手席の窓がゆっくりと開き、やすみに良く似た女性が柔らかな微笑みをたたえてヒラヒラとこちらに手を振っている。
「涼君お待たせ。遅くなっちゃってごめんねー」
「いえ。大丈夫です」
言いながら歩みより、後部座席の扉に手をかけると
「ちょっと涼君!前、前に座りなさい!せっかく二人きりなんだからー」
ふざけた調子で助手席の座席をポンポンと叩き、ペロッと小さく舌を出す。雰囲気どころか仕草までやすみそっくりだ。
いや、やすみが母親にそっくりなのか。
「はあ。わかりました」
しぶしぶ了解の返事を返すと、助手席の扉へと手を伸ばし、着席。やすみ母も満足そうに頷くと続けた。
「はーい。良くできました。シートベルトも忘れずに閉めてね」
「あっはい。わかりました」
俺がシートベルトを閉めるのを見届ける、やすみ母はシフトレバーに手を掛けた。
「じゃあ、しっかり掴まっててね!」
「えっ?はい」
咄嗟に『はい』と返事をしてしまったものの、どうも不安がよぎるセリフだった。しかしやすみ母は終始、安全運転で公園まで送り届けてくれた。
こちらに気を使ってか、終始やすみ母は話しかけてくれた。
あそこのケーキ屋さん美味しいのよとか、地元はこの辺じゃないと言う話だとか、それは他愛のない会話だった。
不思議とやすみ母と会話する事で、緊張する事はなかった。やすみと良く似ているせいかもしれない。
「ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそいつもありがとうね」
「えっと……俺、お礼言われるようなことした覚えないんですけど」
「んー?いつも、うちの子がお世話になってるじゃない。仲良くしてくれてありがとうね」
「いえいえ。逆です。やすみにはいつも世話になりっぱなしです。俺がお礼を言われるのはおかしいと思いますよ」
実際、誇張なしにやすみ母と会う少し前まで、思い悩んでいた事だ。
病院の屋上で命を救われたあの日から、今日の今日までやすみには世話になりっぱなしなのだから。
「やすみ……?」
やすみ母は一瞬考えこむような仕草を見せたかと思えば、次の瞬間には『あっー』とひとりでに納得し相づちを二、三度打つと続けた。
「そんなことないのよ。涼君と知り合うちょっと前までは、花火を見たいだなんてわがままを言う子じゃなかった。でもね、私はそれが嬉しいの」
聞き捨てならない物言いがそこにはあった。俺に感謝する。やすみの変化が嬉しいと言うには部相応な言葉。
「わがまま……ですか」
「そうよ。わがまま。前までは病院から出たいだなんて、一言も言わなかったのにね。本当はいけない事なのに、それに協力しちゃう悪い母親」
言い終えてベーっと大きく舌をだしてやすみ母は柔和な笑みを浮かべる。
「ん……?どういう事ですか?協力?」
「えっと……あれ、聞いてなかった?」
あー、不味いことを言ってしまった。とあからさまに罰の悪そうな顔をしてこちらから目を背けるやすみ母。次の言葉を聞き逃さないようにやすみ母を注視した。
何秒かの沈黙の後、観念したのかやすみ母は話し始めた。
「実はね、内緒で病院抜け出してたの。共犯者は私とともちゃん。もう先生には、こっぴどく叱られてきたから。ともちゃんには悪いことしちゃったわね」
病院を抜け出してた?ともちゃんと言うのはあの看護師さんの事だろうか……?
「えっと……やすみからは外出許可が出たって聞いてたんですけど」
「あー……あなたには、嘘をついていたのね。ごめんなさい。あの子には言わないであげてほしいの」
「それは別にいいんですけど……」
聞いてはいけない事を聞こうとしていた。それは好奇心からなのか、はたまた想像と違ってほしい。俺の願いだったのかもしれない。
「やすみは……やすみは、そんなに悪いんですか______________」
俺の言葉を受けて、やすみ母は一瞬の逡巡を見せるもすぐにこちらに向き直ると口を開く。
「___________あのこはね……」
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